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県立4校を甲子園へ導く 千葉商、印旛、柏陵などで監督 蒲原弘幸 【千葉高校野球ドキュメント100】(4)

 県立校で甲子園。その夢を4校でかなえたのが、蒲原弘幸だ。1965年夏の佐賀商。70年春の千葉商。78、81年春(準優勝)、83年夏の印旛。99年春夏の柏陵。通算7度の甲子園へ導いた名将だが、「選手の後押しをしただけですよ」と柔和な笑顔で答える。偉業の裏には、高校野球を愛し打倒私学に燃えた男の、人間味あふれる熱血指導があった。(敬称略)

 昭和50年(1975年)。木下駅についたら見渡す限り利根川と田んぼ。グラウンドは草だらけで、雨が降ると沼地になっちゃう。バックネットはなく、ボールは田んぼに落ちていく。しまったなぁと途方にくれたけど、高校野球ってのはここからやるもの。それで印旛でやり始めた。部員は11人。キャッチャーの面を三つ買って、けがさせないよう選手につけノックをやった。

◆無名の印旛を開拓

 佐賀商も千葉商も環境がそろっている中で甲子園出場ができた。母校じゃなく外様の人間だからあれこれやっ...

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高校野球