【千葉魂】ロッテ高浜、亡き祖父への想い胸に 育成から支配下に復帰

特製ネックレスを触る高浜
特製ネックレスを触る高浜

 打席に向かう時、不思議な感覚がした。5月31日に育成から支配下登録された高浜卓也内野手は6月1日のドラゴンズ戦(バンテリンドームナゴヤ)から、早速1軍に合流。1点を追う九回1死、代打に指名されると打席に向かった。

 椎間板ヘルニアの手術を受け2020年のシーズンを育成選手として過ごし、今季は2軍で35試合に出場して22安打の打率3割3分3厘、1本塁打、11打点。地道に結果を残し、支配下に返り咲いた。打席に向かう途中、脳裏をよぎったのは苦労したここまでの過程ではなく、2月に87歳で他界した祖父のことだった。

 「支配下になって最初の1軍の打席に向かう中でパッと出てきた感情は感慨ではなくて、じいちゃんと一緒にいるように感じる不思議な気持ちでした。この緊張感を一緒に感じてくれていると思うと肩の力を抜くことができました」と高浜はその打席をしみじみと振り返る。

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 打席に入る直前に握ったのは特注のネックレス。そこには大好きだった祖父の名前と生年月日が刻まれ、形見が収められていた。

 「お葬式にも行けなかったですし、墓参りにも仏壇に手を合わせることもできていない。母に頼んで無理を言って(形見を)もらってきてもらい、収めるのにちょうどいいネックレスをネットで見つけて購入しました。ずっと見守ってほしい。一緒にいたいという想(おも)いです」と高浜は言う。

 福岡に住む母方の祖父は誰よりも、プロ野球選手となった高浜とファイターズに在籍する弟・祐仁の活躍を楽しみにしていた。子供の時の思い出は祖父の自宅の裏に畑があり、遊びに行くといろいろな旬な野菜などを食べさせてくれたこと。「スイカが美味しかった」と高浜は懐かしそうに振り返る。

 優しい祖父だった。竹林から竹を取り、竹とんぼや竹の貯金箱を作ってもらったことも、大事な思い出として心の中にしっかりと刻まれている。プロに入ってからは、いつもニュースなどで結果を気にしてチェックをしてくれていた。そして育成選手となった時、誰よりも気に掛け、支配下登録されて1軍の舞台に戻ってくるのを願っていた。

 「元々、心臓の病があって何年も前から病気と闘いながら治療、入院を繰り返しながらも頑張ってくれていた。誰よりもボクが支配下登録される日が来るのを楽しみにしてくれていた。それだけに支配下に戻った姿を見せられなかったのは残念だし、悔しかった。生きているうちに見せられなかったから、一番近くで見てもらいたいと思ってネックレスに入れさせてもらいました」

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 残念ながら一ゴロに倒れたが、打席では気迫あふれる表情を見せた。同じようにネックレスに祖父の形見を忍ばせているという弟の祐仁は6月5日のジャイアンツ戦(東京ドーム)でプロ初の満塁本塁打を放つなどアピールをしている。弟もまた兄と時を同じくして19年オフに育成契約となり、一足早く20年7月に支配下に再昇格をしている。

 「より一層、結果を残したいという想いは強い。今までよりも強い想いをもって取り組んでいきたい。やるしかないという気持ちです」と高浜。

 これからも大好きだったおじいちゃんと一緒に打席に立つ。誰よりも近い場所から活躍をしている姿を見せるために打つ。胸につけている特製のネックレスを軽く握る。それが高浜の新しいルーティンだ。

(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)



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