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長嶋としのぎ削り頂点 第35回(53年)出場投手 千葉一・植草光長 【千葉高校野球ドキュメント100】(9)

 甲子園のテレビ放送が開始された1953年。真夏の南関東大会優勝をけん引し、最優秀選手に輝いた千葉一(現県千葉)の植草光長。背番号も初めて導入されたその年に、憧れの舞台に立った。大学卒業後にはバット職人として高校球児の活躍を陰ながら支え、多くのヒーローを生み出した。野球とともに歩んできた人生を振り返る。(敬称略)

 当時は千葉と埼玉のそれぞれ千葉県大会ベスト4の合計8校で甲子園出場を争った。それが南関東大会で、優勝しなければ甲子園に行けなかったんだ。南関東大会は3日間連続で8月の暑い中での連投。相手打者の目先を変えたりするために、上から投げたり下から投げたり。こういうピッチャーは他にいなかった。誰かに言われたわけではなく中学の時に自分で決めて本を読んで独学...

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