ポイント
・ 曲面ミラーの局所角度分布を測定することで、2ナノメートル精度で絶対形状を非接触測定
・ 誤差を自ら補正する高精度な角度測定技術(SelfA)により、広範囲かつ高精度に局所角度を測定
・ EUV露光装置や放射光施設などで用いられる超高精度光学素子の製造・開発・評価に貢献
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202607021883-O1-d2N1Q78I】
概 要
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)工学計測標準研究部門 長さ標準研究グループ 増田 秀征 研究員、近藤 余範 主任研究員、堀 泰明 研究グループ長、平井 亜紀子 研究グループ付、工学計測標準研究部門 尾藤 洋一 副研究部門長は、曲面光学素子の絶対形状を非接触で高精度に測定できる新しい形状測定装置を開発しました。
極端紫外線(EUV)露光装置、放射光施設、天体望遠鏡、重力波検出装置などでは、集光や波面制御のために高精度な曲面ミラーが用いられており、その形状精度は装置性能に大きく影響します。こうした光学素子の製造工程では、表面の細かな凹凸形状だけでなく、曲率半径等の情報を含む形状(絶対形状)を正確に把握し、その結果に基づいて形状を修正することが重要です。しかし、このような曲面ミラーの形状を、表面を傷つけずに数ナノメートルレベルで測ることは困難でした。今回、曲面上の各位置における表面の傾き(局所角度)を、反射光の向きとして広い角度範囲で高精度に測定できる測定系を構築しました。局所角度は形状の変化量に対応するため、その分布を位置に沿って求めることで、絶対形状を算出することができます。この反射光の向きを高精度に測定するため、装置自身で角度目盛りの誤差を補正できる高精度な角度測定装置(SelfA)を組み込みました。これにより、従来は困難であった、曲面ミラーの絶対形状の非接触・高精度測定を実現し、2ナノメートル精度での測定を達成しました。本技術は、先端光学素子の製造・開発・評価を支える基盤技術として、高性能光学系の高度化に貢献することが期待されます。
なお、この技術の詳細は、2026年7月6日に「Precision Engineering」に掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
社会的背景
半導体素子の微細加工や、電池材料、生体分子などのナノメートルスケールの構造観察には、極端紫外線(EUV)やX線などの波長の短い光が用いられます。近年、これらの光を利用するEUV露光装置や、最先端の放射光施設が注目されています。
短波長の光は透過しにくく、その集光や波面制御にはレンズが使えないため、曲面をもつ数百ミリメートルサイズの大型ミラーが使われています。ミラーの形状は、微細構造の加工精度や観察精度に大きく影響します。特にEUV露光装置や放射光施設などで用いられる高精度光学素子の表面はできるだけ平滑である必要がある他、全体の形状が極めて高い精度で設計通りである必要があります。そのため、光学素子の製造工程では、加工後の形状が設計形状からどの程度ずれているかを高精度に測定し、その結果に基づいて形状を修正することが重要です。特に曲面ミラーでは、曲率半径等の形状情報を含む絶対形状を高精度に測定する必要があります。また、高性能な光学素子の表面には多層膜などの機能膜が形成される場合もあり、表面を傷つけない非接触測定が求められます。
一方、非接触な手法として従来広く用いられている干渉計による測定は、基準となる参照面や参照波面との比較測定であるため、絶対形状を評価することは困難です。このため、曲面ミラーの絶対形状を非接触で、かつ数ナノメートルレベルの超高精度で測定できる技術の開発が求められていました。
研究の経緯
産総研の計量標準総合センターは、長さ標準の研究開発において世界的にも高度な技術を有しています。平面形状測定では、参照面を必要としない角度測定に基づく形状測定技術である走査型角度測定式形状測定装置(SDP)を開発し、直径600 mmまでの平面基板の平面度を5 nmの絶対精度で非接触測定することに成功しています。(2020年2月5日 産総研プレス発表)。
一方、オートコリメーターを角度測定装置とする従来のSDPでは、測定可能な角度範囲に制約があり、局所角度が大きく変化する曲面の測定は困難でした。そこで今回、角度標準器としても用いられ、装置自身で角度目盛りの誤差を補正できる高精度な角度測定装置である自己校正型ロータリーエンコーダー(SelfA)を形状測定装置に導入し、これを角度測定装置とする測定系を構築しました。これにより、曲面光学素子の絶対形状を非接触で測定できる新しい形状測定技術を開発しました。
なお、本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)経済安全保障重要技術育成プログラム(JPMJKP24M1)、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費 (23K19106)、公益財団法人精密測定技術振興財団の支援を受けたものです。
研究の内容
本研究では、産総研が平面形状の高精度測定に用いてきたSDPを、曲面にも適用できるように拡張しました。SDPは、光を測定対象の表面に当てて、反射光の角度から各位置での表面の傾き(局所角度)を測定し、その局所角度分布を積分することで表面形状を求める方法です。従来は、オートコリメーターと呼ばれる微小角度測定装置で反射光角度を直接測定していました。しかし、曲面では測定位置によって表面の角度が大きく変化するため、反射光角度の変化が大きくなり、 オートコリメーターで測定可能な範囲(0.1°程度) を超えてしまいます。また、測定位置ごとに光の通り道が変わるため、使用する光学素子の収差が測定誤差として現れやすくなるという課題がありました。
そこで本研究では、反射光の大きな角度変化を直接測るのではなく、反射光が常に入射光と平行に戻るように測定対象を回転させ、その回転角度を測定する方式に基づく形状測定装置を開発しました(図1)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202607021883-O2-Wl7w61OU】
装置は、反射光と入射光の角度ずれを検出する光角度検出ユニット、光を測定対象上で走査するペンタミラーと直動ステージ、測定対象を回転させる回転ステージで構成されます。回転ステージには、角度標準器としても用いられ、広い角度範囲を高精度に測定できるSelfAを導入しました。測定では、ペンタミラーと直動ステージで光の照射位置を走査し、各位置で光角度検出ユニットからの信号を用いて、反射光が入射光と平行になるまで測定対象を回転させます。このときSelfAが示す回転角が、その位置の表面の局所角度に対応します。さらに、レーザー干渉計でペンタミラーの変位を高精度に測定し、得られた局所角度分布を積分することで、絶対形状を求めます。なお、本方式では測定対象を回転させるため、測定対象面が回転中心からずれていると光の照射位置が変化し、形状測定の誤差につながります。そこで、この誤差を幾何学的に解析し、専用の治具や測定装置を用いて十分な精度で測定対象を設置することで、測定結果への影響を避けています。
この方式では、入射光と反射光の小さな角度ずれは光角度検出ユニットで検出し、大きな角度ずれはSelfAで読み取ります。そのため、従来のようにオートコリメーターの測定範囲に制限されず、広範囲で高精度な角度測定が可能になります。さらに、反射光が入射光とほぼ同じ光路を戻るため、光学素子の収差による影響も抑えられます。
開発した装置の性能を確認するため、曲率半径5 mの円筒面をもつ光学素子を測定しました。測定長さは90 mmで、測定範囲内における表面の角度の変化は約1°に達し、従来型SDPでは測定できません。測定結果を図2に示します。繰り返し測定による形状のばらつきは標準偏差で0.46 nmであり、1 nm未満で安定して測定できることを確認しました。この繰り返し測定のばらつきに加え、角度測定、変位測定、測定対象の位置決めなどの要因を見積もった結果、Peak-to-Valley値で見た絶対形状測定の不確かさは2.0 nmとなり、世界最高精度での測定を実現しました。
本技術は、先端光学素子の製造・開発・評価を支える基盤技術として、光学素子の形状精度が装置性能に大きく影響するEUV露光装置、放射光施設、天体望遠鏡、重力波検出器などの発展に貢献することが期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202607021883-O3-1Tpfvr83】
今後の予定
今回開発した曲面用SDPを用いて、曲面ミラーの絶対形状測定技術のさらなる高度化を進めます。さらに、曲面ミラーの絶対形状測定サービスの提供や共同研究を通じて、社会実装を行う予定です。
論文情報
掲載誌:Precision Engineering
論文タイトル:Non-contact Absolute Measurement of Curved Surface Profiles Using a Scanning Deflectometric Profiler
著者:Shusei Masuda, Yohan Kondo, Yasuaki Hori, Akiko Hirai and Youichi Bitou
DOI:https://doi.org/10.1016/j.precisioneng.2026.05.011
用語解説
絶対形状
基準面や近似形状からのずれだけでなく、曲率半径などの面全体の形状情報を含めた表面形状のこと。
曲率半径
曲面の曲がり具合を表す量で、曲面を円弧の一部とみなしたときの円の半径のこと。曲率半径が小さいほど強く曲がった面であり、大きいほど平面に近い面である。
干渉計
光の干渉を利用して、長さや表面形状を高精度に測定する装置。特に形状測定用途では、参照面からの反射光と、測定対象面からの反射光の位相を比較することで、基準となる参照面と測定対象面の間の微小な形状差を検出することができる。
走査型角度測定式形状測定装置(SDP)
試料表面に光を当て、反射光の向きから各測定位置の局所的な角度を測定する方式に基づく形状測定装置。光の照射位置を一定間隔で走査し、得られた局所角度分布を数値積分することで、表面全体の形状を求める。参照面との比較ではなく、角度と走査距離に基づいて形状を算出するため、絶対形状を測定することができる。高精度な平面基板の表面形状評価に利用される。(2020年2月5日 産総研プレス発表)
オートコリメーター
平行光を測定対象面に照射し、反射して戻ってきた光の角度の変化から、測定対象面の角度変化を測定する角度測定装置。ミラーが傾くと反射光の進行方向が変わり、装置内のレンズで結像される光スポットの位置が検出器上で移動する。このスポット位置のずれを読み取ることで、反射光の角度変化、すなわち測定対象面の角度変化を高精度に求める。小さな角度変化を高精度に測定できるため、光学部品の角度調整・評価やステージの真直度測定等に広く用いられるが、測定可能な角度範囲は、撮像素子のサイズやレンズの焦点距離に依存する。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202607021883-O4-9iDGyP0E】
自己校正型ロータリーエンコーダー(SelfA)
回転ステージなどの回転角を高精度に測定する角度測定装置。通常のロータリーエンコーダーでは角度目盛りの誤差が測定精度に影響するが、SelfAは装置自身で目盛り誤差を評価・補正できる構造をもつ。360°にわたり高精度に測定できるため、角度標準器としても用いられる。(2014年4月23日 産総研プレス発表)
ペンタミラー
45°向かい合わせに設置された一対の鏡。入射した光線は、2回反射することで90°方向が変わって反射される。入射角が変わっても、反射光は必ず90°方向が変わる。そのためSDPでは、ペンタミラーの移動に伴う運動誤差が生じない。
Peak-to-Valley値
形状の評価指標の一つ。測定した形状における最大値(Peak)と最小値(Valley)の差のこと。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260706/pr20260706.html

