メインコンテンツに移動

【未明の砦】(225) 太田愛・作 藤岡詩織・画

2021/12/25 5:00 (4/15 14:09更新)
有料記事

◆第三章 反旗(七)...

 四人は言葉を交わす間もなく持ち場についたが、矢上だけでなく、脇も泉原も秋山も、心配顔で玄羽が消えた扉の方を見ていた。左肩を押さえていたから腱かどこかを傷めたのかもしれない。いずれにせよ、玄羽が勤務途中にラインを離れるとは、何かよほどのことなのではないかと誰もが思っているのがわかった。
 
 玄羽の持ち場には急遽(きゅうきょ)、組長の市原(いちはら)が入り、午後六時二十五分、通常通り二時間の作業が再開された。
 
 ラインが動き出せば、タクトに追われてひたすら車体に部品を取りつけるべく同じ動作を反復し続け、時間はなめくじのようにのろのろとしか前へ進まなくなる。補給した水分が全て汗となって流れ落ち、筋肉のあちこちが悲鳴をあげるようにミシミシと痛み始めても、心のどこかで、玄羽が治療を終えてひょっこり戻ってくるのではないかと期待していた。
 
 しかし、やがて暑さで頭がぼんやりとして、この労働に終わりがあるのを忘れかけた頃、玄羽のいないラインに食事休憩を知らせる午後八時二十五分のベルが響いた。
 
 矢上は反射的に工場の上部に貼りついたガラス張りの部屋、工員たちが〈展望室〉と呼んでいる事務室兼応接室を見上げた。ベルが鳴る時には必ず、工員が作業を全て終えてから休憩に入るよう五十畑が展望室から睨みを利かせているのだ。
 
 ところが、どういうわけか今日に限ってそこに人の姿がなかった。
 
「五十畑さん、どこ行ったんでしょうね」

この記事は 有料記事です

残り874文字(全文884文字)