本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「欲張らない」 『長い長いお医者さんの話』

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 茨城から、福島に旅した。

 福島では人に会うのが目的だったが、ひなびた湯岐(ゆじまた)の温泉宿も楽しみのひとつだった。湯岐の名は、水戸藩主、藤田東湖の命名で、東湖は此処で、中風の病を治したらしい。三十七度から九度と書いてあったが、「つかる」より「まとう」が当てはまるやわらかな湯だった。

 他に人がいなかったので、湯船に長々と体を伸ばし瞑想した。体から疲れが溶け出していくのがわかった。湯殿は白く煙っていたけれど、まぶたの裏はすっかり緑色に染まっている。外でウグイスの声がした。「ささ鳴き」の声は場所をかえながら、そこかしこから聞こえてきた。

 ガラス戸が開き、年配の婦人が入ってきた。

 「オネーサンはどこが悪いの?」顔を合わすなり、そう訊ねてきた。いきなり悪い所を聞かれて面食らったが、湯治場ではこれが挨拶代わりなのだと気がついた。湯治に来たのではなく観光だと答えるのもつまらない気がして、腱鞘炎気味の手首の事を告げた。すると「ここの湯は痛風にも効くんだよ」と、痛風患者にされてしまった。

 「私はいつも二週間来るんだけど、この湯に入るとしばらくは痛みが取れて楽になる。痛くなったらまた来るんだ」と、腕をさすりながら言った。そして、混浴の湯船を勧めてくれた。「むこうは、広くて気持ちいいよ。混浴といっても恥ずかしいのは最初だけだよ。すぐに慣れるから、後で入っといで」。

 混浴に入る勇気はなかったけれど、病を癒しに集まる人の心のつながりを思った。遠慮無しの物言いが好ましかった。温泉は、衣服ばかりか心をよろっているものまで剥ぎ取ってしまうらしい。体と心に付いてまわる煩わしい世間体や肩書きや義務を忘れ、二週間も湯につかって過ごしたら、どんな病も治るのではないかと思われた。

 春先に腰を傷めて、整体に行ったら、病気にならない為には養生が肝心と教えられた。では、どうしたらいいのかと訊ねたら、整体師さんは「欲張らないこと」と、たったひとことを告げてくれた。禅問答の答えのような返事だった。以来、何かにつけて「欲張らない」と呪文のように唱えているが、気がつくと欲張っている。おいしいものがあれば食べ過ぎてしまうし、面白いことがあれば、無理して出かけてしまうし、エトセトラ。養生とは、簡単なようで本当に難しい。...

 【メモ】「長い長いお医者さんの話」K・チャペック作/中野好夫訳/岩波書店

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