歌いかける文章法

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 「音楽は話しかけるように演奏する」

 92歳のピアニスト室井摩耶さんの言葉を、見ていたテレビの中で聞き、なるほどと思った。

 さらに室井さんが譜面どおりに弾き、続いて、ご当人の言われる話しかけるような演奏に変わると、私は首肯(しゅこう)し、その奏法に感銘した。

 楽譜にはピアニシモやフォルティシモがあるが、それらの指定に添いながら弾き手の感性も加味する。そしてピアニスト室井摩耶さんの演奏スタイルとなる。

 室井摩耶さんによる「話しかける演奏法」があるなら、逆に「歌いかける文章法」もあっていい理屈で、ピアニシモ(弱くて繊細)や、フォルティシモ(強くて衝撃的)を文章術に取り込む可能性も出てくる。

 今秋上梓(じょうし)された酒井登志生の『オレ、あけぼの』(千葉日報社刊)中に、尾田愛子さん著『神は奪い与え給う』の一文があり、ピアニシモ的静寂が描出される。要約を許してもらい紹介する。

 -信行(夫)が死亡する十日前である。少し伸びた夫の無精ひげの頬に、彼女は自分の顔を押しつけて夫を抱いた。(後略)

 ピアニシモやフォルティシモが漸増(ぜんぞう)的に拡大すると、デクレシェンド(だんだん弱め)に、またクレシェンド(だんだん強め)に移行する。......