同義語の使い分け

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 男女の出演者が横並びしたテレビ番組を、見るともなしに見ていると、ワンカップ千五百円のコーヒーの話が主題になっていた。

 内容は、聞き方によっては「アレ」と思うが、話は快活に流れる。

 一杯千五百円のコーヒーは、じゃこうねこのフンの中の豆を使用するのだそうだ。このねこは、コーヒーの果実をよく食べ、その豆が、ねこの胎内でじゃこう腺の影響を受け、香りをよくするのだという。

 と言われても、コーヒー党でない私には、たいした関心事でもなかった。それよりも、千五百円のコーヒーを試飲したゲスト男女の感想に興味があった。

 男たちは「うまい」と言い、ちょっと上品に見える女たちは「おいしい」と言った。つまり私の興味は、同義語でも、性別などの条件により変動するという点だった。べつに驚くほどのことでもないが。

 性別で変わるといえば、例えば「さびしい」と「さみしい」も、男言葉、女言葉といえないこともなく、男なら「さびしい」がふつうで、女なら「さみしい」がムードに合う。

 参考書によると、古典語としては「さびしい」がルーツで、中世末期(鎌倉~室町時代)に「さみしい」が現れ、したがって「さみしい」は「さびしい」の転用語となり、女性用語ともなるが、私のような女々しい男は、時々「さみしい」と言ってしまう。

 兄妹語の要素を持つ「さびしい」と「さみしい」だが、兄の「さびしい」は、気持ちの満たされない「ものさびしい」情景など演出するが、妹の「さみしい」には、もっと身辺的な嘆声が聞こえる。失恋とか、親しい人の死とか、スケール的には「さびしい」よりも小さい。じつは私も、ふと「さみしい」とつぶやくことがあって、いわゆる「女子(じょし)と小人(しょうじん)は養いがたし」のくちかもしれない。......