房総半島東側の中ほどにある御宿町は、かつて上総国大多喜城の直轄領が多く、紀州漁民によって漁村が開発されたと町長から聞き、同町歴史民俗資料館を訪ねました。
町史誌から、最明寺と堂坂薬師の摩崖仏に残されたものがあると案内をもらいました。早速、御宿の地名の由来となった最明寺の元住職の松崎さんを訪ねました。鎌倉時代に北条時頼が諸国行脚の折、宿泊したとうかがい、紀州漁民の過去帳を見せてもらいました。
「元禄16年(1703)11月23日 湯浅・八兵衛(津波の...
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