2024年9月28日 05:00 | 有料記事

「関東へ」江戸名所図絵上巻(出典:近世魚肥流通の地域的展開 古田悦造著)
紀州海民が好漁場を求めて、地方の海に出かけ、その土地の浜を借りて長期間網漁をする旅網の姿をいろいろな形で見てきました。併せて、どうして紀州海民が旅網による漁業に積極的に取り組んできたのかの疑問が沸いてきました。文献「東国漁業の夜明けと紀州海民の活躍」によると、著者の松浦敬次は次のように分析しています。
1、紀州は山国で山地が海に迫り、農業だけでは暮らしが立たない環境にあった。そのため出稼ぎが当たり前になっていた。
2、出稼ぎのきっかけは天正13(1585)年の豊臣秀吉の一向一揆の討伐や亀山城の領主だった湯川氏の没落などで全村が焼失し、村人の生活の困窮が大きな原因となった。
3、紀州の海岸はリアス式海岸の ・・・
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