千葉・勝浦で最後の紀州漁民と言われている中口佐市の出身地・和歌山・雑賀崎(さいかざき)を訪ねました。和歌浦湾の西方に突出した岬に位置し、急勾配の斜面に家々が密集した、こじんまりと整頓された集落で、エキゾチックな雰囲気を醸し出しています。
この眺望はイタリアの世界遺産アマルフィに似ており「日本のアマルフィ」といわれています。しかし村の組合調書によると、大正6年の人口は3千人ほどで、漁業組合員数は280人、漁船は340艘、漁業従事者は700人。正に小さな漁村です。
明治20(1887)年ごろからタイ釣りの出稼ぎが定着し、女子は畑仕事、真田ひも編みや織布の手内職を...
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