室町時代末期の戦国時代に入り合戦が長引き広域化してくると、風通しの良い麻より保温性の良い「木綿」が注目されはじめました。庶民の衣服はもちろん、侍の衣服や兵衣、陣幕、旗、のぼりなどの軍事用まで木綿が求められました。
その理由の一つは、染色のしやすさ、着心地の良さ、高い保温性と保湿性。二つ目は加工がしやすいことで、収穫して原糸にするまでの手間が掛からない点です。16世紀後半には麻から木綿に変わる「衣料革命」が起こりました。
江戸時代に入って西国の摂津、河内、和泉が全国一の綿作の中心地となり、綿畑優先の耕作が行われました。さらに生産性をアップさせるため、綿畑一反(約300坪)につき魚肥としてイワシの肥料である干鰯(ほしか)を一石(約180リットル)も投下して...
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