甘えの日々の幻想

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 ここのところ、万年床に仰向いて寝ている。左腰に故障があるので、ちゃんとした「あおむけ」の姿勢ではなく、左膝を立てたりしている。

 目は見開いているが、どこを見ているということもない。

 病院の内科からは重病だと言われ、外科からは重傷だと言われたが、そのショックを伝えて甘える相手もいない。

 甘えるという感情は文字通り甘い。人と人との交流で、理屈抜きの合体感が甘えであり、本能的幸福感である。

 幼時、といっても十歳前後になっていたが、風邪か何かで熱を出すと、特別に母親が添い寝してくれた。

 私は、姉・兄・次姉を上にもった末っ子で、ふだんは存在さえも判然としていなかった。

 母は家付きで、家事を見ながら祖父の店を手伝い、婿の父と同伴で田畑にも出るから、呼び名さえ忘れがちな末っ子に構っている暇は無かった。

 ただ私が風邪を引いたときだけ、みかんの缶詰を開け、一つふとんで添い寝してくれた。

 たまに近親から桃缶などもらっても、母が枕もとに置いてくれるみかんの缶詰が最高だった。

 母には甘えさせているという意識はなかったようで、それゆえの気配も感じられなかった。

 また幼い私の方にも甘えの分析力などなく、ただ無性に安心感を得ていたということだろう。

 ほとんど口を利かない父にも、私は分析できない親しみを感じていて、父の方も、祖父の目の届きにくい末っ子に、父性を主張していたようだ。

 私は昔から歯の性が悪く虫歯だらけで、また皮膚が弱く、やぶへ入ればうるしにかぶれる。父は待ってましたと自転車の荷台に私を乗せ、三、四十分かけて町場の医者どんに行く。...