2026年3月10日 05:00 | 有料記事

来館者に旭市の津波被害を説明する佐久間さん=旭市防災資料館

いいおか潮騒ホテル1階に併設された旭市防災資料館。建物は津波避難ビルになっている=旭市萩園
2011年3月11日に発生した東日本大震災で、旭市は津波などで千葉県内最多の14人が死亡、2人が行方不明となった。震災からあすで15年。津波被害が最も大きかった飯岡地区で暮らす佐久間弘行さん(68)は、震災後に地元に開設された旭市防災資料館の管理人となり、あの日あったことを伝えている。「ただ振り返るだけはよそうと思っている。先を見ていかないといけない」
(伊藤義治)
海岸通りの宿泊施設1階に併設された防災資料館。「駐車場は1・6メートル浸水しましたが、ここ(資料館内)は20センチでした」。押し寄せた津波の様子を、木更津市から訪れた市民団体に説明する佐久間さん。資料館出入り口の階段を指さし「たった5段でも全然違うんです。少し ・・・
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