読み語りで使おうと、図書館で『まりーちゃんとひつじ』を借りた。この他愛の無い話を読み終えた時の幸福感を、どう表現したらいいだろう。
「まりーちゃんはひつじのぱたぽんにいいました。『ぱたぽん、おまえはいつか、こどもを一ぴきうむでしょう。そしたらわたしたち、その毛をうって、すきなものがなんでもかえるわね、ぱたぽん』。ぱたぽんはこたえます。『ええ、こどもが一ぴきできるでしょう。そしたらわたしたち、みどりのはらっぱにすむでしょう。はらっぱには、ひなぎくのはながきれいきれい、おひさまがいちんちきらきら。わたしたち、ふわふわの毛をたくさんつくってあげますよ』」。ところが、まりーちゃんは続けて言う。「おまえはこどもを二ひきうむかもしれないわ。そしたら、あたらしいくつがかえるわね」。ぱたぽんは答える。「ええ、こどもが二ひきできるでしょう。でも、はらっぱではひなぎくのはながきれいきれい、おひさまがいちんちきらきら。だからわたしたち、あたらしいくつなんかいらないわ」。まりーちゃんは更に言う。もしかしたら子羊が三匹、四匹、五匹……七匹生まれるかもしれない。そしたら、帽子やお人形、玩具、風船、ロバ、お家やじゅうたんが買えるわ……。ぱたぽんは答える。「のはらではひなぎくのはながきれいきれい、おひさまがいちんちきらきら。だから……何もいらないわ、まりーちゃん」。結局、ぱたぽんが産んだのはたった一匹の羊。まりーちゃんの靴下を編むのにちょうどいいだけの毛糸が取れた。
羊のぱたぽんが繰り返し語ったのは、本当の幸せ。ひなぎくの花が咲いて、おひさまがきらめいて。その他に余計なものなど、何もいりはしないのだと。
まりーちゃんのように、私達は次々と新しいものを求め続けてきた。満たされていいはずなのになぜか満たされず、なおも求め続けて止まない……。
先日、ドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』を観た。瀬戸内海の小さな島、祝島が舞台の映画だ。対岸の田ノ浦に建設予定の上関原子力発電所を巡って、島民は二十八年間も反対運動を続けている。島には豊かな自然があり、田ノ浦の海は、絶滅種の生息地でもある。開墾地を生き生きと走り回る豚、黄金色の枇杷、一本釣りで釣られた活きのいい魚……「神舞」と呼ばれる雄大な祭りを引き継ぎ守り抜いてきた島民は、お金に換算できない幸福を知っている。......
【メモ】「まりーちゃんとひつじ」フランソワーズ・岩波書店
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