震災直後に起きたコスモ石油爆発炎上事故、「有害物質の雨」デマ 日本の縮図が見たもの 【語り継ぐ ちば 東日本大震災11年】 #知り続ける

 地響きのような爆発音、立ち上がる真っ赤な炎と黒煙―。東日本大震災の本震直後に発生したコスモ石油千葉製油所(市原市)の爆発炎上事故。作業員ら6人がけがを負い、鎮火まで11日間を要した「想定外の事故」は、熟練の消防士にとっても難しい判断の連続だった。善意か悪意か。「有害物質の雨が降る」というデマを伝えるチェーンメールも拡散し、近隣住民は不安な日々を過ごした。あれから11年。「日本の縮図」とも語られる千葉県市原市で見えた震災の教訓とは―。(報道部・安西李姫)

 2011年3月11日、市原市内は震度5弱の大きな揺れだった。点検のため満水状態で放置されていたコスモ石油千葉製油所のタンクが、余震の際に荷重に耐えられず倒壊。配管から漏れたガスに引火し、大規模火災が発生した。大地を揺るがすような激しい爆発音が鳴り、巨大な火柱と黒煙が立ち上がった。

爆炎が上がったコスモ石油千葉製油所のタンク=2011年3月11日爆炎が上がったコスモ石油千葉製油所のタンク=2011年3月11日

▽消えかかる炎、よぎる再爆発

 「我々は火を消してはいけなかった」

 市原市消防局で現場指揮を取った天野正次さん(56)は、難しい判断の連続だった当時を振り返り、火災が長引いた理由を説明する。

 事故から11年、度々聞かれた質問は「なぜ11日間も消せなかったのか」。大規模災害を物語る数字として伝えられてきたが、臨場した消防士らの共通認識は「安定的な燃焼を継続させる」ことだった。

 一番恐れていたのは、タンク内にガスが残ったまま火が消えてしまうこと。未燃ガスが放出されると再爆発などが起き、犠牲者の出る恐れがあった。「家庭用カセットボンベのガスを抜く作業と同じ原理」と説明する。

 事故発生から6日目の16日、再爆発の危機に直面した。日没とともに外気温が下がり、氷点下30~40度のガス貯蔵部も冷え込んだ。燃焼が不安定になった。

 「キーン」という金属音が響き、火が消えかかった。この日指揮隊長だった天野さんは、1度目の加温作戦を中断。温度の低下により、タンクは熱収縮を起こしていた。

 「死を覚悟したとか、そういったことは全くない。頭の中は冷静だった」。天野さんは現場に残った作業員と2人、もう一度海水を掛けタンクを温めた。火はあとどれぐらい持つのか。金属音や蒸気圧の状態を分析。いったん退避した物陰で、再び燃え上がった炎を確認した。その後もガスが燃え尽きるまで作戦立案と実行を繰り返し、21日に鎮火した。

当時の心境を振り返る市原市消防局の天野さん。「爆発の瞬間は、殉職者が出たと思った」=2月18日、市原市米沢当時の心境を振り返る市原市消防局の天野さん。「爆発の瞬間は、殉職者が出たと思った」=2月18日、市原市米沢

▽避難所も被災「安全ではない」

 コスモ石油千葉製油所から、内陸に約2・5キロの市原市五井地区。爆発炎上事故で唯一避難勧告が発令された地域で、11日夕方から最大1142人が避難所に集まった。

 県の記録によると、1次避難場所となった市立若葉小学校は火災が起きた午後3時45分ごろから、近隣住民やコンビナートの作業員を受け入れた。重傷者1人を運ぶドクターヘリが校庭に到着するなど混乱を極めた中、午後5時ごろの爆発時に熱風が直撃した。

 校舎の窓ガラスが破損するなどし、学校は「避難場所として安全ではない」と判断。避難者約300人を、市役所のある約3キロ離れた国分寺台地区に輸送した。一方、職員は同校に残り、翌朝まで逃げ込んでくる地域住民に対応。「近隣工場の非常事態」という学区特有の課題が浮き彫りとなり、その後の防災計画に生かされた。

1次避難場所となった市立若葉小学校。誰をどの避難所に輸送したか、家族に伝える確認作業にも追われた=2月21日、市原市五井1次避難場所となった市立若葉小学校。誰をどの避難所に輸送したか、家族に伝える確認作業にも追われた=2月21日、市原市五井

▽真偽不明の情報拡散、募る不安

 行政は住民の安全確保に悩んだほか、チェーンメールで飛び交った誤情報の対応にも追われた。

 「工場勤務の方から情報。外出に注意して、肌を露出しないようにしてください!コスモ石油の爆発により有害物質が雲などに付着し、雨などといっしょに降るので」

 爆発音が続く中、真偽不明のチェーンメールを不特定多数の携帯電話が受信した。「メールの内容は本当か」。被害状況の把握や安全確保を急ぐ県や周辺自治体に、市民からの問い合わせが殺到。ツイッターでも同じ内容の投稿が拡散され、翌12日には全国へ広まったとされている。

 事故当時コンビナートで働いていた50代男性は「生きた心地がしなかった」と振り返る。

 爆発の瞬間は、勤務先の工場にタンクの破片とみられる物体が飛来。コンクリートの天井に穴が空くほどだった。「自宅の上には2週間ぐらい黒煙が漂っていた」。妻と子どもたちは状況が分かるまでの数日間、知人宅に避難させてもらった。

 「熱風とともに、コンビナート方面の窓ガラスが吹っ飛んだ。真っ暗な空が見えた」。

 五井地区で商店を営む女性(72)も、経験したことのない状況に恐怖を覚えたという。

 店の商品を守るため避難できず、不安な夜を過ごした。

▽「信頼する友人から」全国に広まるチェーンメール

拡散されたチェーンメールの主な内容拡散されたチェーンメールの主な内容

 「信頼する友人から来て信じてしまった」「チェーンメールを受け取った親戚から心配する連絡が届き、びっくりした」「真っ赤な炎を見て、うそだと思い切れなかった」―。地域住民に話を聞くと、誤情報とすぐに判断できなかった人も多かった。

 福島第1原発事故関連の研究を進めてきた千葉科学大学の王晋民教授(心理学)は、チェーンメールが広まった背景をこう説明する。「災害時は不安やストレスを解消するため、会話が増える傾向にある。メールも他者とつながりを持つ手段の一つで、何か情報が入るだけで安心してしまった」。「工場勤務の方から」という前置きも、コンビナート従業員の人口が多い地域で、信用度を上げた要因の一つだった。

 デマは一般的に、(1)悪意のない不正確な情報(2)意図的に作られた不正確な情報(3)事実に基づくが、不適切に操作された情報―に分類される。情報の出どころや発信者の真意は分かっていないが、「メールを回した人の多くは(1)に該当する可能性が高い。『教えてあげないと』という優しさが働いたのでは」と推測する。

コスモ石油と県の撤回文書を解説する王教授=2月17日、銚子市コスモ石油と県の撤回文書を解説する王教授=2月17日、銚子市

 発災翌日の12日午後には、コスモ石油や千葉県がデマを撤回する文書をホームページ上で公開した。コスモ石油は「製油所関連のメールにご注意ください」として、事実関係を否定。「貯蔵するガスが人体へ及ぼす影響は非常に少ない」との見解を示した。SNS上での火消しに加え、人々の恐怖心が津波や福島第1原発事故に向かったこともあり、収束に向かっていった。

 「企業や自治体は、デマが流れる前に情報を開示することが重要」と王教授。「集まった情報を整理し、分かっていない部分についても『確認中』と明記してほしい。言及がないと、不安や臆測が広がる」と警鐘を鳴らす。

▽マニュアル通りは不可能

 市原市消防局の天野さんは震災後コンビナート向け研修会などで講師を務め、当時の経験を伝えている。

 各事業所に強調しているのは、「この事故自体を教訓とするのは難しい」ということ。異例な事故で、同じことがもう一度起きる確率は極めて低いからだ。「災害はいつも異なる様相。全てマニュアル通りに対応することは不可能」。各事業所内で意見を出し合い、想定外をつぶす訓練が重要と訴える。さらに現在は、業務の合理化や効率化、装置の自動化などが進んでいるため、それらの中で見逃されがちな「安全対策の落とし穴」にも一層の注意が必要と指摘する。

タンクの爆発直後、空はオレンジ色の光を放った(市原市消防局提供)タンクの爆発直後、空はオレンジ色の光を放った(市原市消防局提供)

 消防局の後進には、「基本の大切さ」を説いている。

 人口27万人の都市に臨海部のコンビナートと田園部、ベッドタウンや観光地が共存する市原市は「日本の縮図」。それだけ多様な災害にも見舞われる。2019年秋の房総半島台風では、ゴルフ練習場の鉄柱が倒壊。被害を受けたのは、コスモ石油の事故でも窓ガラスが割れるなどした五井地区の住宅街だった。同年は竜巻や停電、断水も相次いで発生し、消防局は数々のイレギュラーな対応を迫られた。

昨年4月に着任した南総消防署で、部下に声を掛ける天野さん(右)=2月18日、市原市米沢昨年4月に着任した南総消防署で、部下に声を掛ける天野さん(右)=2月18日、市原市米沢

 天野さんは現在、臨海部から離れた南総消防署で署長を務める。自ら業務の合間にパソコンを開き、放水技術の基本を図解。現場で役立つ知識を集め、若手に分かりやすく学んでもらう狙いだ。「基本的な技術を身に付ければ、どんな災害にも応用できる。足元を固めてほしい」と話す。震災を経験していない若手が増えた現状に、大きな不安はない。「常に最悪のケースを考え、訓練することで補える。何事も想定外にしてはならない」

※この記事は、千葉日報とYahoo!ニュースとの共同連携企画です。


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