本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「轍(わだち)」 『トロッコ/一塊の土』

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 晩秋は、日の暮れが早い。子どもの頃、夢中になって遊んでいると、いつの間にか空は冷え切り夕闇が足元まで忍び寄っていた。それでも「もう帰る」と切り出せずに遊んでいると、ちらほらと星空が始まる。その時になってやっと、帰りの暗闇の事を私は思い出すのだった。

 帰り道には、共同墓地があった。そこを抜けなければ家には辿り着けない。墓場の入り口には、裸電球がひとつ。弱い光が、体からぼやっとした影を引っ張り出す。自分の影法師さえ、油断ならないものに見えた。一気に駆け抜けるか、気を鎮め用心深く通り抜けるか……電灯の下で、私はいつも逡巡した。

 誰か一緒にこの闇をくぐる人が来ないだろうかと振り返る。だが、そういう時に限って人通りはない。墓地には、私の曽祖父母や叔母も埋葬されていた。「どうか守ってください」と祈りながら、それでいて怖がっていないふりをしながら通り抜けた。その代わり、墓地を背にするやいなや、一目散に家まで走った。無我夢中の足の下では、大地が轟き耳もとを夕闇がひゅうひゅうと吹き抜けていった。やがて、垣根のむこうに蛍光灯の灯りがカチカチと瞬く。魚を焼く匂いもする。見慣れた家族の靴が玄関に散らばっているのを見て、ああ、うちに戻れたとほっとするのだった。

 何度も怖い思いをして通り抜けたあの道は、心にわだちを残しているらしい。ふいに夢に現れる。少し形を変え、長くなったり短くなったりしながら。だが、心細く怖いのは子どもの頃と同じである。あたりはぐるりの闇で、遠くのほうに出口らしきものが見える。「黄泉平坂」の言葉が思い浮かび、死ぬ時と生まれる時に通る道は、この道なのではないかと考えたりもする。「行きはよいよい帰りはこわい」の天神様の細道も、もしかしたらこの道と同じものだろうか……。

 芥川龍之介の「トロッコ」を読んだのは中学生の時だった。主人公の良平は八つ。その年、小田原熱海間の軽便鉄道の敷設工事が始まった。良平はトロッコで土を運搬する土工に憧れる。あのトロッコに乗りたい。それがかなわなければ、せめてトロッコを押すだけでもいいと願う。願いが叶い、良平は若い土工の供をして、トロッコを押すことになる。下り坂ではトロッコに乗ることもでき有頂天だ。だが、気付くと良平は遠くまで来すぎていた。おまけに、一緒に戻るものだとばかり思っていた土工が言う。「われはもう帰んな。俺たちは今日はむこう泊まりだから」

 あっけにとられ、泣きそうになる良平。が、けなげに涙をこらえ、夕暮れの道をひた走る。家に帰り着いたとたん、わっと泣き出す。...

 【メモ】「トロッコ/一塊の土」芥川龍之介・角川文庫

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