2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

喜怒哀楽の彼方に

 石丸利夫氏は私の義兄である。つまり姉の夫ということだが、私の気分としては、姉を通り越して、ストレートの兄に思えていた。

 石丸の義兄のことを、私は「道場の兄さん」と呼んでいた。ごくふつうの呼び方ではあったが、その呼称の中には、尊敬と懐慕の念が消化されていた。

 兄さんは淡々とした人柄だった。会話も淡々としていて、大声を出したことなど一度もない。すぐ激昂する私も、兄さんがそばにいるとにわか韓信(股くぐりの逸話で知られる)になれた。

 かつて千葉市道場南町に「佐賀屋」という商店があった。生活雑貨を商っていて、ルーツは佐賀県だった。

 兄さんはこの店から出征した。指折、数えるほどに戦場を巡り、エピソードも多いが、一つだけ紹介してみる。

 行軍のさい、兄さんは仲良し三人組で列に加わっていた。すると中の一人が流れ弾に当たって倒れた。すかさず前を歩いていた友が抱き上げ、言った。

 「傷は深いぞ! しっかりしろ」

 無類の正直者で、嘘は言えなかったらしい。倒れた友は戦死した。

 兄さんはそのあっけなさに茫然(ぼうぜん)としながらも、頭のどこかがシーンとなり、この一事が後々の喜怒哀楽抑制力につながった…、私考だが。

 家庭マージャンをやっていて、局面が悪化すると、兄さんはのどかな声音で「ハハァ(母)の三年忌」と独りごつ。とたんに座の空気が和む。

 私の実兄は、人には決して当たらないが、自分の凡ミスには腹を立てていた。

 私は相手に対して立腹した。パイの取捨がこちらのリズムと合わず、イライラするのだ。

 ところが兄さんの「ハハァの三年忌」で、たちまち家庭マージャンの楽しさが戻ってくる。

 兄さんの喜怒哀楽の表情は目立たないが、ほどよく、気分よく、周囲に伝わってくる。

 兄さんは「軍隊手牒」をだいじにしていた。手帳の「帳」の字が「牒」になっている。どちらも「記録」という語義で共通しているが、さらに「牒」には「辞令・任命」の意味がある。

 兄さんの「軍隊手牒」には、青春のすべてと、戦友の半数以上を失った思いが込められていた。

 兄さんは、軍国主義者などではなかったが、手牒に込められた思いを捨て去ることはなかった。ただしその感情は中和された喜怒哀楽のカテゴリーであり、兄さんの悟りとも解された。...


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