いつも別れは突然

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 子どものころ、十二月という月は楽しい月だった。いなかでは、まだクリスマスは盛り上がっていなかったが、もう幾つ寝るとお正月~という楽しみがあった。

 いまは両親もなし、兄もなし、家族もなし、田舎もなし、元日を迎えても、ハー、正月になったか、ぐらいの感想しかなし。

 それでも十二月になると走る。真似事で教師をしていた時期があり、やはり「師走」ということになるのだろうか。

 ただ世知辛い事情で走っているわけではない。足の遅い私のこと、そういう事情で走っても目的に追いつけない。

 ある意味で、少年期に通じる楽しさで走っている。楽しいスケジュールがあって走っている。

 例年十二月に「クリスマスコンサート」、一月に「新年会コンサート」をやっている。

 昨年、気管に要手術のポリープが二つ見つかったが、心房細動のワーファリン療法を受けているため、手術はとめどなく延期され、そのさい海浜病院耳鼻咽喉科の女部長先生から、歌わない、しゃべら

ない、声出さないを指示された。

 臆病な私だが、少年的楽しみには前進する。前年度の十二月、一月にも歌ってしゃべったし、今年度もそうなる予定。

 主催は「千葉ジャズ協会」(代表・大原美保子さん)ということで、バンドは大原保人さんトリオが担当してくれる。

 十二月七日の「クリスマスコンサート」は、都賀のサロン「赤いくつ」で午後三時開演だが、こちらは友の会「都賀クラブ」の骨折りで、ほぼ定員を満たした。

 問題は新年一月二十五日午後四時三十分、京成ホテル・ミラマーレで開催される「新年会コンサート」の方だ。

 この方のお客様集めは私一人が担当する。神経質な割にいいかげんなところのある私にとってはつらい。だが、そのつらさは少年期の楽しさにも換算される。

 右や左の友人・恩人に案内状を出し始めたとたん、驚倒すべき悲報が入ってきた。従妹の木村澄江さんからの連絡で、鈴木義夫さんが急死されたという。

 鈴木さんは「鈴屋」という大きなふとん店の社長さんで、澄江さんも従業員として勤めていたことがあり、そのご縁が今回につながっていた。

 私の方は、鈴木さんがPTA会長だったころの中学校に講演に行き、そのご縁がさらに強く続いていた。

 追い撃ちをかけるように更なる悲報が届く。中島玲子さんからだった。玲子さんは病床の海野久美子さんに、ご主人の海野昌夫さんを助けて付き添い、そのまま友を見送ったという。...