山畑歌人の短歌集

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 月刊の句誌・短歌誌・文学同人誌等が継続して送られてくる。置くところがなくなるが、それでも果報なことだと感謝している。それぞれ名の通った文芸誌である。

 時々単行本も贈られ、最近手にした本は、深緑の表紙で『歌集 山畑歳時記』(短歌新聞社刊)、表紙もタイトルも落ち着いた快さで、内容を映しているようだ。

 歌人の森功さんが、どうして当方の住所を知ったのかと訝(いぶか)ったが、歌集の「あとがき」を読んで理解した。「短歌クラブのお世話をしていた牧野恭子氏から、短歌クラブを見学しませんかと招かれました。指導者はサキクサ短歌会主宰の大塚布見子先生。――」

 つまり森功さんは布見子先生に師事し、後に月刊短歌誌『サキクサ』の同人になったようで、実は私も岡田怜子さん(歌人)の仲介で、布見子先生とも『サキクサ』ともご縁を得ている。

 大塚布見子先生の『山畑歳時記』序文は、序文を超えて詳細だった。長文の作家・作品論で、山畑に溶け込む作家の人情味・純朴性・誌心に、あまねく師の慈雨が行き届く。

 師による抄出歌。
 茄子の葉につもりし
 埃如露をもて流して
 やりぬ雨の如くに
 夏霧が雫となりて落
 ちてくる鉄塔の下に
 草引きており

 師の解説。

「乾きやすい山畑であってみれば茄子の葉はうっすらと土埃をかぶっているのであろう。その葉の上に天然の雨が降るように如露の水をかけて流してやるという、根源的な優しさであり、慈しみである。

 夏霧が雫となりて……の歌は、さながら夏霧の雫が命を持っているかのようで、作者と対話しているように思われるのは、結句、―草引きており―とのみに言いとどめたことにより、余情の広がりが出た為と思われる」...