自称弟子の手柄話

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 30歳に手が届くころ、小仲台宅の庭に山椒の若木が自生していて、なんとなく「山椒学校」と呼ばれるようになった。

 呼称が「学校」であっても、私が何か教えるわけでもないのに、いつか適当な連中が集まって来て、私のことを「師」と呼び、当人たちは「弟子」を自任していた。だからといって月謝はよこさなかったが。

 今回の「つれづれなるままに……」は、最後の「弟子」を自称する戸村寿彦さん(通称「トム」ちゃん)の手柄話(?)である。

 若いころ、目玉が真ん丸だったので、私が「スズノスケ」(赤胴)のペットネームを提供した「トム」ちゃんも、はや五十路(いそじ)をたどるはずだが、容貌も足腰も青年のまま衰え知らずで、自己流の思い付きと、自己流の実行力を発揮してがんばっている。

 「トム」ちゃんは東金市役所員で、自己流の地位を得ているようだ。

 東金市は「御成街道」の終着点で、家康の「お鷹狩り」拠点だった。

 船橋市から千葉市千城台団地を経て東金市に至る道程も、慶長時代の当時とは状況が変わっているだろうが、いまでも「街道」を拾いながら歩く人々がいるようで、ただそんな物好き連も、船橋方面から東金方面に向かうのが通常で、逆行者はほとんどいない。

 だがいた。「トム」ちゃんだ。「トム」ちゃんは、終点の東金から始発の船橋に向かって「歩け歩け」を実行した。報告を受けて私は拍手を送ったが、役所からはべつにほめられた様子もない。

 ただ、他の手柄でほめられた実績はある。東金市に伝わる平将門記を、これも自己流と言っていいほど、史実と伝説を塩梅(あんばい)して、広がりのあるミュージカル台本に仕立て、上演すると大成功だった。......