「核兵器が使われる危機が今も存在することを伝えたい」。幼少期に長崎市で被爆したが「暗い気持ちになる」と、当時のことを人前で証言することを避けてきた。ただ、年々被爆者が減少し、ロシアによる核兵器使用の脅威が高まる現状に危機感を抱き、県庁で8日に始まった「平和祈念原爆展」で体験を語った。故郷に原爆が投下されてから、きょう9日で78年となった。
1945年8月9日。当時は4歳で、2人の兄と爆心地から約3・3キロ離れた自宅の縁側でぼんやり座っていた。明るい空に突如閃光(せんこう)が走り、兄たちと自宅内に逃げ込んだ数十秒後、爆音とともにガラス戸が割れ、家具が倒れた。子...
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