【千葉魂】 笑顔を届けられる存在に 原、憧れていたプロで誓う志

 色紙に迷うことなく書いた。11月17日、都内で行われた契約後の会見。専大松戸高からドラフト5位で指名された原嵩投手は、集まった報道陣から色紙に一筆を求められると「笑顔」と大きな字で、書きとめた。

 「子供の時から憧れていたプロ野球選手になることができてうれしいです。プロでは、どんな時も笑顔を忘れずに、ファンの方にも笑顔を提供できるような存在になれるように頑張りたいと思います」

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 これまで、どれだけ泣いたか分からない。高校2年夏の大会前に最愛の母を、がんで失った。一番の理解者で大好きだった母との別れにショックのあまり、何も食べることもできず、85キロ近くあった体重は70キロ後半まで落ちた。野球にも集中できず、ボールは上ずった。見かねた持丸修一監督から「お母さんは見てくれている。だから、オマエらしいプレーを見せろ」と励ましてもらった。家族も懸命にバックアップしてくれた。息子に何とか野球に集中してもらおうと、父は仕事を早めに切り上げ、インターネットなどから情報を集めながら栄養バランスを意識した夕食を作ってくれた。9歳年上の姉も朝早く起きて、学校に持っていくお弁当を作ってくれるなど支えてくれた。周囲の気遣いが心に染みた。だから、いつまでも泣いてはいられないと立ち上がった。そしてこの夏、甲子園に出場。プロでも知られる存在となり、マリーンズから指名を受け、目標にしていたプロ入りを決めた。

 「ずっと父と姉にご飯を作ってもらっていた。夏の大会が終わって、時間ができたので、自分でいろいろと栄養を意識して作るようにしています。あんまり知識はないので、適当ですけど…。ここまでいろいろな人に支えられた。だからプロでは恩返しをしたい。夢や希望をいろいろな人に感じてもらえるようなピッチングがしたいんです」

 11月2日にスカウトが学校に指名のあいさつをした際、原は笑顔でそう答えた。キラキラ輝く目だった。プロ入りは亡くなった母にいつも伝えていた夢であると同時に5歳年上の兄から託された思いでもあった。兄は千葉経大付高で捕手を務めていた。子供の時から兄のプレーをする姿がカッコよく、憧れた。兄の高3夏の大会。控え捕手であった兄の試合をテレビで応援した。最後に代打で出場し、中前打を放った。控えではあったが、集中をして最後に回ってきたワンチャンスで結果を出す姿が何ともカッコよかった。そんな兄は大学まで野球を続けたが今年、晴れて警察官になり千葉県警に入った。母を失ったショックは同じはずの姉と兄は、弟を気遣い、いつも励ましてくれた。そして兄は「プロ野球選手になるというオレの夢をお前に託したい」と背中を押してくれた。そんな家族みんなの思いをボールに込めて原はマウンドに上がり、この日を迎えた。

 「兄も千葉にいるので、QVCマリンだと見に来てくれることもできると思います。早く投げている姿を見せられるように頑張りたい」

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 会見での写真撮影が終わると「笑顔」と書かれた色紙を父に渡した。父はうれしそうに「仏壇の隣に飾っておくよ」と色紙を眺めた。あまりにも早く悲しい別れを知った若者は、これからはどんな時も笑顔を大切にしたいと誓っている。そして、同じように悲しい思いをした人や、つらい思いを抱いている人にプロ野球選手という立場から少しでも笑顔を届けることができればと思う。

 志がある。プロに入ったら、同じように親を亡くした子供たちの支援を行ったり、触れ合う社会活動をしたいと思っている。マウンドで結果を出すだけではなく、そのような活動を通して、子供たちに笑顔を届ける存在になる。それもまた母が自分に願っていることだと信じている。だから、色紙には「笑顔」と書いた。いろいろな思いを込めて、気持ちを込めて書いた。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)



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