

100年近く続いた浦安市猫実の銭湯「松の湯」が長期休業に入ることになった。現在の建物になって40年がたち、設備が老朽化。今のところ、再開のめどは立っていない。かつては漁師町だった同市。海から上がってきた漁師たちの体を温めるため銭湯が軒を連ねていたが、また一つ往事の記憶が姿を消しそうだ。休業前最後の営業となった28日、多くの常連客らが訪れ「寂しくなる」と惜しんだ。
「ゆ」と書かれたのれんをくぐると、囲むように立ち並ぶ木札を使ったげた箱。浴室は昔ながらのタイル製の洗い場に湯船。おなじみの黄色い洗面器も。壁面には小さいながらも富士山が描かれ、令和の時代に懐かしい昭和の香りを漂わせている。
1世紀近くの歴史があるという「松の湯」。浦安のシンボル的存在の境川のほとりにあり、以前は漁師や魚河岸で働く仲買人らが通ってきた。2010年末に前の経営者が休業したものの、シャンプーなど銭湯に関する商品を扱う会社を営む菅野龍一さん(43)=東京都足立区=に声が掛かり、翌11年11月、中学の先輩である風間良介さん(44)=同=と営業を再開した。
再開の準備を進めていると、市民が足を止め「またやるの?」と声を掛けてきたという。「期待されているのかな。やりがいがあると思った」と菅野さん。当初は1日数十人だった客足も、口コミで話題になり徐々に増加。地元の常連だけではなく、市内のテーマパークに来た家族が毎年立ち寄ったり、ジョギング後のランナーが汗を流しに来たり。映画のロケに使われたこともある。
風呂の温度の設定は高めの45度。冷え切った海の男たちを相手に商売してきた浦安の銭湯ならではだ。お湯がぬるいと「風邪ひいちまう」と古株の常連客に言われたことも。菅野さんは「下町っぽく威勢のいいところもあるけど、優しい人たち」。80歳になるお客さんが建て替える前の松の湯のことを教えてくれ、ずっと愛されてきたと感じた。
だが、長年の“激務”に心臓部でもある釜が悲鳴を上げ水が漏れるようになった。メンテナンスを繰り返しながら営業を続けてきたが、配管や他の設備も「40年選手」(風間さん)。「事故が起きてからでは遅い」と1月末に3月から長期休業に入る決断をした。
2月に休業を知らせる張り紙をすると、客から惜しむ声が聞かれ、SNSで知り足を運ぶ人も。70年以上通っているという同市の男性(83)は、最終日に訪れ「ここの湯はさっぱりして、ぽかぽかする。客同士でしゃべるのも楽しみの一つだった。寂しくなる」と名残惜しそうに話した。
「松の湯」が休業すると、市内にある昔ながらの銭湯は1軒になる。菅野さんは「浦安の人たちの温かさに触れ感謝でいっぱい。またここでやる機会があれば」。風間さんは「小さかった子が成人しても来てくれたり思いもひとしお。続けたかったが、多くの人が通ってくれありがたかった」と話した。