衰弱顔がチラチラ

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 私は市原市新堀1368番地の出で、郷土の昔話を書き続けている。

 最初はNTT市原支局からの「テレホン民話を」という依頼で書き始めた。民話ダイヤルを回すと、ふるさと民話が流れるという仕掛けだった。

 この協力が奏効したものか、NTT地域文化功労賞をもらった。またその時分には、学校を主に講演が相次ぎ、言語不明瞭ながらどこかおもしろいといわれ、繁盛していた。

 学校・女性学級・高齢者学級など巡るうち、講演の内容にふるさと民話が入り込むようになり、まあテレホン民話の影響だろう。

 その影響は民話集の出版にもつながり、第1集「ぶっつぁるべえもじな」(千葉日報)、第2集「女神様は松がきらい」(市原よみうり)、第3集「南総今昔物語」(市原市)など連発するようになる。

 そうこうするうち、どういう推移によるものかは不明だが、「市原市教育文化功労賞」を受けた。

 兄をはじめ親族は喜んでくれたが、私も小出善三郎市長さんを敬愛していたので、この受賞はうれしかった。

 その後、小出市長さんからは、私が70歳になったら「市原市名誉市民」に推挙する旨の内意があったが、直前に市長交代劇があり、光明は消えた。

 いまでも市原市役所に入ると、自分の「大額写真」の無いことを確かめ、ホッとしたり、反面、ふとさびしさを覚えたりもする。

 話がどんどん脱線し、愚痴まで出てきたが、つまりテレホン民話が、市原よみうり新聞の連載になり、さらに市原市のケーブルテレビ「あいチャンネル」の連続ドラマになり、こんどはNHKテレビBS2で、その民話ドラマを紹介してくれることになった。(録画済み)

 そして放送当日、私の後援グループは、顧問の中島玲子さんに甘え、中島家のダイニングルームを拝借し、テーブルの美味とともに番組観賞をする。

 テーブルの向こう側には大型テレビが置かれ、放送開始を待つ。・・・