【千葉魂】 「精一杯」の積み重ね 荻野忠6度目手術から再起目指す

 2月1日キャンプインの日。荻野忠寛投手(31)はQVCマリンフィールドのブルペンにいた。一塁側ブルペンに向かうと、ホームプレート手前に椅子を置いた。まだ膝は痛む。だから椅子に座って黙々とネットに向かって投げ続けた。いま、背番号「0」ができる精一杯の投球。誰もいない球場に一人残ってのリハビリが始まった。

 「一人のマリンはやっぱり寂しいです」

 気持ちとしてはすべてを受け入れている。しかし、それでも2月1日のキャンプインの日に一人、自分だけは石垣島ではなく、病院に通院するため千葉にいる。プロ野球選手としてその現実に寂しさがないと言えばうそになる。

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 悪夢が襲ったのは昨年11月だった。6月に右肩を手術したばかり。まだ、肩も完治していない状況で、今度は左膝を痛めた。病院での診断結果はまさかの左膝全十字靭帯の断裂。医師には「ジョギング再開まで5カ月」と告げられた。頭が真っ白になった。

 「診断結果を聞いた時のことは忘れない。尋常ではないほどの汗が噴き出してきた」

 大学時代を入れると6度目の手術だった。10年に2回、11年に1回。12年、ようやく調子を戻し、マリンのお立ち台にも上がった。「調子もよくて来年こそはという気持ちだった」という13年。4月に肩の違和感を訴え、6月に手術した。そして肩が直り切らぬ12月に左膝を手術。翌年1月中旬まで松葉づえ生活を余儀なくされた。連続した悲劇に周囲も言葉を失った。

 「ショックでした。でも、やってしまったものは仕方がない」

 肩と膝、同時に2か所のリハビリが始まった。黙々と軽い負荷を体の至るところに加えることを繰り返すことしかできない単調なリハビリ生活。グラウンドに姿を見せるのは15分程度。あとのほとんどを室内で過ごす。そんな時間の合間に一人、いろいろな事を考えた。悩み苦しんで導き出した結論は極めてシンプルだった。

 「とりあえず今日を頑張ろうと。そう考えるようにしようと思った。先は長いので、あれこれ考えても仕方がない。今日できることを精一杯やって、それを積み重ねていく。ぼくに限らず、野球選手に限らず、人間、生きている人全員がその日を頑張るということには変わりはない。先は見えないけど、ぼくは頑張るしかない。1日1日を積み重ねて行こうと思った」

 最初は落ち込んでいた気持ちも、日々を一生懸命生きようと考える中で、変化が生まれてきた。マイナスな気持ちがスッと消えていき、ポジティブにとらえるようになった。

 「いまはキャンプに行けなかった事も前向きにとらえている。肩も直っていない状態でみんなと一緒にキャンプインをしていたら焦って投げ急いでいたかもしれない。結果的には自分のペースでリハビリが出来ている。この経験も長い人生の中で生きると思えてきた」

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 ある取材で色紙に『全力』と書いた。リハビリしかできないいま、できることを全力で取り組みたいという思い。そして全力で投げる事が出来る日を信じて書いた。

 「なんとか後半戦ぐらいに投げる事が出来るようになりたいと思っています。いろいろと心配をかけている人の為にも頑張ります」

 かつて守護神を務め、その背番号から『ミスター0』と呼ばれた男の地道なリハビリの日々はいまも続いている。苦しい、辛いはいつだって言える。だから、朝、目を覚まして自分に言い聞かせる。きょうも精一杯頑張る。その先に全力投球ができる日が来ることを信じている。QVCマリンフィールドのファンが、マウンドが、荻野忠の帰ってくる日を楽しみに待っている。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)



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