「神ライブ」が飛躍の契機 【サマソニ15周年、創設者の清水直樹氏に聞く】<中>

サマソニが飛躍する契機となった2003年のレディオヘッドのライブ
サマソニが飛躍する契機となった2003年のレディオヘッドのライブ

■地元との深い交流

 ―幕張で続けていて良かった点は何でしょうか。

 まずは収容力です。最初は規模的に1日3万人ぐらいと考えていましたが、今や1日6万人規模になっている。それでも十分に収容できるエリアをちゃんと幕張は持っていたんです。マリンとメッセ展示場を8ホール使うと、それこそものすごい動員数に対応できる。

 あとビーチがきれいで、公園も環境がいい。その2カ所も使い始めた結果、フェスとしての自由度が増してお客さんに居心地の良さを提供できるようになったんです。施設もあり、自然もありで、非常にバランスのいい地域だと思います。

 地元の人たちとの交流が深まっていることも嬉しい点です。地元住民や企業、大学などで構成する「幕張新都心賑わいづくり研究会」が08年から、サマソニの前夜祭(今年は8月15日に「幕夏祭」の名前で開催)を開いています。地元のバンドや、こちらが呼んだプロのアーティストが会場のステージでライブをし、お客さんに無料で楽しんでもらう内容です。フェスの間の早朝は、地元の人たちと一緒に街のごみ拾いもしているんです。

 ―大阪会場でも地元との交流はありますか。

 大阪は地元市と組んでいろいろとやってはいますが、会場周辺は工場地帯で、あまり人が住んでいる場所ではない。そういう意味では、住民もいればオフィスも立地している幕張の方が、地元との交流は盛んです。

 でも実は、当初は心配していたんですよ。幕張新都心は埋め立て地なので外から来た人が多いし、地元意識も薄いのではと思って。しかし、やっていくうちに交流も深まってきた。

 ―確かにかつての幕張新都心は「無機質な街」とも揶揄(やゆ)され、地元の連帯が薄いと言われていました。そこで地元は、連帯を深めるためのツールとしてサマソニを積極的に活用しよう考えているようです。

 そのように活用してもらえるのは大歓迎です。フジロックの新潟・苗場も、ロック・イン・ジャパンの茨城・ひたちなかも同じだと思いますが、フェスは地元の協力がないと成り立たない。サマソニは20年、30年と将来もずっと幕張を舞台に続けていきたいので、これからも地元とのつながりを大事にしたい。

 やはりあれだけの音を出すので、中にはクレームを寄せる人もいます。僕らはその都度あいさつに行きますが、逆に地元の人がそうした人たちを説得してくれることもあるので、助けられています。一方で、我々も経済効果として地元に貢献していきたいと考えています。

 長年の開催を経て、サマソニは幕張を代表するものとして地元に根付いてきたのではないでしょうか。もちろん千葉ロッテマリーンズが最も地元を代表するものですが、サマソニを幕張を代表する「夏の風物詩」として捉えていただけているとすれば、非常に嬉しいことです。

 ―幕張の住宅街は会場から離れていますが、音のクレームもあるんですね。

 やっぱり、どうしても音は響きますよね。低音の問題が一番大きいので、当初は屋外にあったダンスステージを施設内に変えたり、ステージの向きを変えたりと、いろいろ試行錯誤しながらやってきました。

 ただ、幕張の良いところは、常に野球があったり、イベントがあったりして、催しに慣れている土地柄である点です。それはサマソニにとっても良かったと思う。いつもはイベントも何もないところに突然大勢の人が来て、ものすごい音を出して帰っていったとすると、嫌悪感を抱く人たちが出てくるのは当然と思いますが、幕張は絶えず何かやっている場所なので、地元で悪く言う人はそれほど多くありません。

■レディオヘッドが大成功

 ―15年間を振り返って印象に残るエピソードはありますか。成功談や失敗談などありましたら教えてください。

 毎年その都度ありますが、大きな成功といえば、レディオヘッド(英国のオルタナティブロックバンド)が出演した03年です。歴史に残る「神ライブ」と呼ばれるものになった。幕張の野外スタジアムとレディオヘッドというのは非常にマッチしました。

 そもそもレディオヘッドとグリーンデイ(米国のパンクバンド)をヘッドライナーに迎えるフェスをやりたい、という思いからサマソニはスタートしました。グリーンデイは1年目から迎えることができましたが、開始4年でようやくレディオヘッドを迎えられて、かつ03年は初めてチケット1日分を完売できた年でした。振り返ると、サマソニが飛躍的に成長したのはその年からです。

 逆にアクシデントといえば、05年のヘッドライナーのオアシス(兄弟が中心メンバーの英国ブリットポップバンド)が始まる前に、マリンのステージに電気を供給している電源車にトラブルが発生し、いきなり電気が全部落ちてしまった。オアシスは既にステージ横で待っていたんですが、復旧まで30分ぐらいかかってしまって。「どうしたんだ?」「早くやらせろ!」と彼らもピリピリしていました。

 フェスは台風や雷などの天災で中止を覚悟することもあるし、アーティストが病気でどうしてもキャンセルになってしまうこともある。それ以外のトラブルを予測していなかった中で、電気は死活問題なんだなとそのとき痛感しました。一方でお客さんは「兄弟がケンカしたんじゃないか」「仲違いして、ひょっとして出てこないんじゃないか」などと、いろんな臆測をしていたみたいですね。実際のオアシスはやる気に満ちていて、早く出たがってたんですけどね。

 ―電源は回復した後はどうでしたか。事なきを得たわけですか。

 逆に盛り上がりましたね。待たされたことによってお客さんも、アーティストも。

 ―失敗例も、結果的に成功につながったのですね。そう考えると、ものすごく大きな失敗みたいなことはなかったのでしょうか。

 そうですね。幕張に関しては、今までアーティストの大きなキャンセルがなかったことが非常にありがたいことです。また、やはり施設としてマリンもメッセもしっかりしているので、大きな失敗がなかった。その意味でもこの場所を使えたことはラッキーだったと思います。


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