2千年超、拠点集落 加曽利貝塚 縄文晩期住居跡で判明

本年度の発掘調査で出土した注口土器(左下)や土偶(左上、右下)、ひもを通して首から下げたとみられるアクセサリー(右上)=27日、千葉市若葉区の加曽利貝塚博物館
本年度の発掘調査で出土した注口土器(左下)や土偶(左上、右下)、ひもを通して首から下げたとみられるアクセサリー(右上)=27日、千葉市若葉区の加曽利貝塚博物館

 国の特別史跡「加曽利貝塚」(千葉市若葉区)で27日、同市埋蔵文化財調査センターが6月から続けてきた発掘調査結果を発表した。加曽利貝塚が2千年以上、地域の拠点的な集落だったことが判明。注ぎ口がある注口土器やフクロウのような顔をしたみみずく土偶、ヒスイのペンダントも出土した。

 同センターによると、加曽利貝塚は従来、縄文時代中期から後期(約5千~3千年前)を中心に形成された国内最大級の貝塚とされてきた。関東地方は縄文晩期になると集落や住居の数が減るが、今回の調査などで直径約13メートルの大型竪穴住居を含む縄文時代晩期の住居跡を3軒確認し、2千数百年にわたり拠点集落が存続していたことが分かったという。

 同センター主任主事の松田光太郎さん(53)は「縄文時代中期、後期、晩期の3時期に及ぶ遺跡は極めて珍しい。加曽利貝塚の価値が高まった」と指摘した。


  • LINEで送る