北斎代表作モデルに 房総の寺に残る「波の伊八」 【千葉地理学会連載 おもしろ半島ちばの地理再発見】

  • 0
  • LINEで送る

葛飾北斎「神奈川沖浪裏」(写真右)と伊八「波に宝珠(行元寺)」(出典はいすみ市観光協会ホームページ)

 世界に誇る日本文化である浮世絵。その代表作品の一つに葛飾北斎の「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」があります。遠くに富士山を望む沖合で、舟に覆いかぶさるような大波をダイナミックに描いた傑作です。

 北斎のこの作品に大きな影響を与えたとされるのが、現在の鴨川市の地に生まれた武志伊八郎信由(たけしいはちろうのぶよし=1751~1824年)です。彫物大工として寺社の向拝や欄間などを制作しました。陰影法・遠近法といった近代手法を駆使し、特に「浮き彫り」という立体的・写実的な手法を得意としました。

 中でも波の表現に優れ、「波の伊八」と称されました。「波を彫らせたら日本一」とされ、彫物大工の間で「関東に行ったら波を彫るな(伊八と比べられてしまうから)」とまでいわれた名工です。

 伊八の作品が、現在でも夷隅地域や安房地域の寺院などに残され、鑑賞することができます。

 いすみ市の行元寺(ぎょうがんじ)、飯縄寺(いづなでら)、長福寺(ちょうふくじ)は、3寺とも9世紀の創建とされ、行元寺・飯縄寺は慈覚大師(円仁)、長福寺は伝教大師(最澄)が開祖とされます。行元寺には「波に宝珠(ほうじゅ)」があります。その大波の表現は、まさに葛飾北斎「神奈川沖浪裏」のモデルだったことがうなずけます。

 飯縄寺の3枚組欄間は正面が「牛若丸と大天狗」、左右が「波と飛龍」です。左右の龍は「阿吽(あうん)」を表しています。長福寺の3枚組欄間は正面が「波に龍」、左右が「雲に麒麟(きりん)」です。

 伊八の故郷である鴨川市には多くの寺社に作品があります。大山千枚田の近くにある大山寺(おおやまでら)は8世紀の創建とされ、「関東三大不動」と言われた修験道の寺でした。「二態の龍(飛龍と地龍)」や獅子・獏などがあります。金乗院(こんじょういん)は伊八の生地の近くにあり、14世紀末の創建とされます。「向拝の龍」「酒仙の図」があります。

 この他、8世紀創建の南房総最古の寺で「日本三大石塔寺」に数えられる南房総市の石堂寺(いしどうじ)にある「波に水鳥」「二十四孝」など、伊八の作品は南房総地域の多数の寺院に残されています。伊八の活動範囲はさらに、江戸や熱海など他県域にも広がっていたことがわかっています。

 鴨川市郷土資料館では伊八の作品の展示をしています(3月11日まで特別展実施)。睦沢町歴史民俗資料館では伊八を含む江戸中後期名工の特別展をしています(2月18日まで)。

 「波の伊八」にあやかった物産もあります。鴨川市では「伊八せんべい」や純米吟醸酒「波の伊八」が販売されています。いすみ市ではいすみ市産の米と8種以上の山海の幸を使用した「伊八めし」を設定し、市内飲食店十数軒が展開しています。

 なお、「伊八」の号は初代信由(波の伊八)から五代信月(1954年没)まで、約200年にわたり受け継がれました。

(千葉県教育庁・佐瀬一生)