零戦 墜落地点で慰霊祭 69年越し、遺族も訪れ献花 町歴史民俗資料館が特定 睦沢

柏木盈衛二飛曹の遺影(遺族提供)
柏木盈衛二飛曹の遺影(遺族提供)
柏木二飛曹の遺影に手を合わせる妹の加藤さん=5日、睦沢町北山田
柏木二飛曹の遺影に手を合わせる妹の加藤さん=5日、睦沢町北山田

 終戦の約2カ月前、睦沢町の山中で零戦が墜落し、搭乗していた男性が亡くなった。墜落時の詳しい状況は分かっていなかったが、町の歴史民俗資料館などの調査で今春、男性が栃木県日光市出身と判明。今月5日には命日に合わせ墜落地点近くで慰霊祭が行われ、参加した遺族は「69年間どんな死に方をしたのか考えていたが、これでやっと浮かばれる」と話した。

 資料館などによると、墜落死したのは当時20歳だった柏木盈衛(みつえ)二飛曹。1945年6月5日午前8時45分、仲間の零戦3機と茂原市にあった海軍飛行場を飛び立ち、柏木二飛曹の1機が睦沢町に不時着しようとして山中に墜落した。

 資料館は2011年から墜落事故の調査を本格的に開始。事故については町内でほとんど知られていなかったが、当時の記録を調べたり事故を目撃した人を探して証言を集めてきた。調査に協力してきた町文化財審議会委員の幸治昌秀さん(70)が今年2月、北山田地区の山中で機関銃弾の薬きょうを見つけて墜落場所がほぼ特定された。

 その後の調査で柏木二飛曹が日光市出身で、妹の加藤チイさん(82)が宇都宮市にいることも判明。幸治さんらは柏木二飛曹の命日に遺族を招き、現地で慰霊祭を開く準備を進めていた。

 5日の慰霊祭には、加藤さんをはじめとした遺族や地元住民ら約20人が、墜落現場近くで柏木二飛曹の遺影に焼香し、献花した。加藤さんは「兄は霧にまかれて亡くなったと聞いていたが、場所は分からなかった。墜落場所が分かっただけでも感謝している」と声を詰まらせた。

 資料館学芸員の久野一郎さん(57)は「墜落については、まだ分からないことも多い。今後も目撃者を探して新しい情報を集めたい」と話している。


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