腰曲がりのルーツ

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 郷里を離れていた若いころ、たまの帰郷で田畑を眺めるのが好きだった。

 田植えの季節には、田んぼは村中の働き手が出て点描画のようだった。

 私は畔道を歩き、あるいは土手に腰をおろし、目前に広がる田園の風物詩に同化する思いだった。

 まだ田植え機など入っていない時分で、だれもが腰を曲げ、背をまるめ、横並びで進み、手につまんだ苗を植え付けていた。

 亀の子が横隊で行進するようで、かわいらしくもあり、ユーモラスでもあり、気付くと、こちらの口元も、ついほころんでいた。

 昔の農村では、初老から腰の曲がる男女が多く、ちんまりとして、それなりに愛敬があった。

 私の母は、末っ子の欲目か、腰が曲がったほどには見えなかったが、背はちぢこまっていて、私の目にも哀感を与えた。ただ根が勝ち気な母はめげない。

 「背がちぢんだ分だけキノコがよく見えるよ」

 母はキノコ採りの名人を自負し、少年期の私もよくおともをした。

 曲がった腰で下腹を突き出し、両の手の平を前に差し出し、マリオネット(操り人形)のように歩いているおじいさんを見て、へんな格好だと思っていた少年時代の私が、高齢になって背骨・腰骨を痛めた昨今、ほぼ同じタイプの歩行を体験させられている。

 そのスタイルを説明するのは難しい。農村を訪ねて実態を確認できれば御(おん)の字なのだが、田植え機やコンバインの時代に入ると、腰曲がり人口が目立たなくなってしまった。......