慰撫されたのは私?

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 私塾を持ち、月に二度、房総東線「土気」駅に降りると、ふとその昔、この地に「花嫁学校」があったのだと思う。

 そして酒井家の新宅「門前」の従姉がそこの生徒だった日を懐かしむ。

 懐かしむと言っても、私は「花嫁学校」の従姉を訪ねたこともない。懐かしむというのは、私の空想の中での感懐である。

 従姉が「花嫁学校」へ入ったことは、村中の評判だった。私の母なども、高名な土気の「花嫁学校」に入った姪のことが自慢で、私らに向かっても、誰でもが入れるというものではない。この近在からも入ったのは一人か二人だろう。良い花嫁になるためのしつけと心構えを修業し、とくちゃんは三国一の花嫁御寮になるだろうよ、と声調高く言明していた。

 母親の話など聞いて、私は「花嫁学校」の勉強や修業を、自分の頭の中でそれなりに空想し、かってに憧憬していた。

 時機を得て、門前のとくちゃんは結婚した。順序を旨とする「花嫁学校」もびっくりの電撃恋愛結婚だった。そして、私の「花嫁学校」への空想も終わり、憧憬も恋愛結婚に傾いた。

 酒井とくちゃんは「花嫁学校」出身ながら、一人娘なので婿取りだった。この婿様が三国一の花婿さんだった。もし「花婿学校」があれば優等生まちがいなしという評判だった。

 さしもの師を職としていた婿様は、たんす類を自分の手で作って婿入りし、披露宴では板前となって刺し身をおろしたという。

 お二人の結婚は、年下の私らから見ても幸せそのものだった。

 後年、私は市原市の「婦人学級」で講演し、その時のテーマが「かかあ天下と世話女房」だった。つまり良い「かかあ天下」は、夫の長所をうまく引き出し、家庭円満をリードする、といった内容で、酒井とくさんご夫婦をモデルにさせてもらった。......