2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

歩みが止まった日

 私には二面性がある。敢(あ)えて二重人格とは言わない。

 羞恥(しゅうち)心が強くて、若いころ専門医にかかったほどだが、何かに夢中になっている時点では、我知らず、かなり厚顔になっているみたい。

 例えば今年(平成十九年)前半、新刊『オレ、たそがれ』が千葉日報から出るときも、なかなか打ち合わせに出向いていけなかった。

 原稿を入れるだけなら郵送で間に合うが、出版となると細密な打ち合わせが必要となり、手紙や電話では埒(らち)が明かない。

 ついに千葉日報出版局を訪ねた。ただし身近な知人に付き添ってもらっての初訪問だった。

 二階に上がって出版局のドア前に立ったが、スッと入れない。付き添いにノックしてもらい、彼の露払いで入ったが、執務する人たちの中に、親しい顔を見つけた。前回のエッセー集『田舎の文化人』を担当してくれた屋澤博さんだった。

 屋澤さんは今回も私の本の担当者になってくれて、やがて新刊の裏表紙撮影もセッティングしてくれた。

 私は銀座通り「服部時計店」前でポーズして、恥ずかしかった思いがいまでも消えない。ちなみに表紙の方は、深沢幸雄先生の版画『黄昏銀座』である。

 羞恥心が厚顔に移行する話だが、出版局のスタッフと打ち合わせをするうち、羞恥心はどこへやら、一方的に我意を通しまくり、厚顔よりもさらに傲慢(ごうまん)な態度をスタッフに押し付けた。

 そんなわけで、どこかで私は人に好かれていない。好かれていたとすれば父母くらいのもので、いわゆる親バカ子バカの類である。

 私の話はプロットが判然としないまま進むが、大要として、羞恥心が条件付きで厚顔に移行するといった筋だ。

 ただしその羞恥心も、病院の女医先生の前に出ると固まる。自己主張など影も形もなく、言い返すことも聞き返すこともできない。ただ「ハイ、ハイ」のみ。

 若いころ、女性の顔が直視できなかった。いまは年取って、中位の顔なら見られるが、上位と下位の女性の顔は、各々に遠慮があって正視は困難だ。

 初診以来、耳鼻咽喉(いんこう)科を主に、数人の女性ドクターに診てもらっているはずだが、ドクターは大きなマスクで顔半分が隠れ、目は共通して光っているだけなので、見分けがつかない。

 次の診察日、牛乳をコップに二杯飲んでいったら、いつものように、右の鼻孔からカメラを刺し込んだドクターが、白いものが見えたと言ったので、牛乳をたくさん飲んできましたと答えたら、光った目が優しく笑った。女性らしいナイーブさが感じられた。

 十二月二日、声がかすれたまま私の「クリスマスコンサート」があり、集まってくれたお客様に感謝したら、翌三日に入院、耳鼻咽喉科でポリープの手術の予定だった。...


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