父のこと 私今、幸せです 砂田清子 【一緒に暮らそう 傘寿のつぶやき】(18) 

 父は五十という年齢を生きることなく旅立った。元気に幼友達の外科医を頼って東大小石川病院へ。そのまま入院して二度と家には帰れなかった。父は生糸を商い織物工場も経営。我が家にも染物工場があり、大勢の働いてくれる人たちと豊かに暮らしていた。
【残り 1073文字、写真 1 枚】



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