2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

無観客でも元気な声を 千葉ロッテ場内アナウンス担当 谷保恵美さん

千葉ロッテで1軍アナウンスを担当する谷保恵美さん=6月、ZOZOマリン
千葉ロッテで1軍アナウンスを担当する谷保恵美さん=6月、ZOZOマリン

 「一時はどうなるか…野球ができるかも分からなかった。開幕できることに感謝をしています」。球場を声で彩る仕事を始めて30年目。千葉ロッテの主催する試合でアナウンスを担当する谷保恵美さん(54)は間もなく迎える、遅い球春を心待ちにしている。

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 まだロッテが「マリーンズ」ではなく、「オリオンズ」だった頃。「野球に関わる仕事をしたくて」とロッテ球団に入社した谷保さんは1991年、ロッテ浦和球場と当時1軍本拠地の川崎球場で場内アナウンスを始めた。翌年に球団は千葉に移転。マリンスタジアムでコールを重ねるうちに、晴れやかな声はすっかり同球場の名物となった。

 千葉移転からしばらくは休日でも空席が目立った時期もあったが、時を経るにつれて観客動員は増えた。地域球団としての「千葉ロッテ」が成長する姿を見守り続けた谷保さんは今年、節目を迎えて「あっという間だった」と笑った。

 「周囲から『何年目ですか?』と聞かれて、数えてみたら30年目だった。私が入社した時は女性が現場にいることが少なかった。担当記者の人も今は女性が増えたが、あまりいなかった頃」と振り返る。

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 出身は北海道帯広市。「30年もやるのは想像できなかった。私は北海道出身だが、北海道の実家も2、3年で帰ってくると思っていた。今は北海道より千葉の生活のほうが長くなった」と笑う谷保さんが、入社から最も印象深いシーズンに挙げたのは日本一となった05年と10年。幕張での優勝パレードの後、選手やファンが集ったマリンが熱狂に包まれる様子が忘れられないという。

 ただ、マリンが主戦場の谷保さんにとって、当時心残りだったことがある。日本一を達成した球場が2005年は甲子園、10年はナゴヤドームだった。「今度は必ずマリンで優勝してほしい」と期待する。

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 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今年のプロ野球は開幕直前に時計の針が止まった。例年は球場に歓声が響く4、5月に試合は行われず、谷保さんも在宅勤務の日々が続いた。「野球の音というんですか? バットの音や歓声、そういうのが日常にあった。それがなくなったのが本当につらい期間だった」

 ただ、コロナ禍でもファンに楽しみを届けた。球団は5月に公式ツイッターで谷保さんにコールしてほしい選手名を募集し、無人のZOZOマリンでアナウンスする動画をアップした。

 「4番・ライト、サブロー」、「先発ピッチャー、黒木知宏」

 往年の名選手の名前を呼ぶ動画はファンの琴線に触れ、ツイートには1万3千件以上の「いいね」が付いた。「最近の選手が多いかなと思ったが、昔の選手が多くて。昔から応援している人がいらっしゃるんだなと改めて分かった」

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 緊急事態宣言が明けてからは開幕に向けてZOZOマリンで練習試合が再開。球場にバットやボールの音が響く日々が戻った。とはいえ、スタンドに観客はいない。感染拡大防止から公式戦も当面の間は無観客で行われる。

 「スタンドにお客さんがいない光景が不思議。選手がグラウンドにいて、お客さんがスタンドにいるということを当たり前に思っていた。早くその光景が戻ってほしい」

 無人のスタンドに囲まれて行われる公式戦へ「選手の皆さんが(プレーで)元気を届けてくれているので、元気な声が少しでも中継に出るように」と意気込む。今季の公式戦、谷保さんが最初にZOZOマリンでアナウンスをするのは6月23日のオリックス戦。「いつも以上に元気な声を出してきたい」と笑った。

 ◇たにほ・えみ 北海道帯広市出身。球団職員として1991年8月9日の日本ハム戦(川崎球場)で初めて1軍アナウンスを担当した。



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