【千葉魂】 シーズン無安打記録から逆襲 吉田「大きく変わる年に」

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 悔しい一年となった。吉田裕太捕手のプロ3年目。不名誉な記録だけが残った。24試合に出場し、30打数(35打席)無安打。昨シーズンの日本プロ野球における最多打数ノーヒット。そして野手に限るとシーズンを通しての無安打新記録となってしまった(これまでは1973年、広島・久保俊己のシーズン32打席無安打)。苦しみ、もがき、悔しい思いをした一年を終え、吉田は新たなスタートを切った。

 「キツかったですね。ヒットがほしいと焦ると、ますます打撃がおかしくなる。悪い方にどんどんいってしまった。ヒットを打ちたい気持ちばかりが前に出て、気持ちも落ち着かない。打撃フォームも少し結果が出ないと変えてしまって、そしてまた打てなくて修正をしてという感じ。悪循環に陥ってしまっていました」

 快晴の空の下、マリンでの練習を終えると、グラウンドに腰を下ろしながら少しずつ話しだした。ムードメーカー的な明るさが持ち味の若者が、シーズン終盤は寡黙になっていた。年が明けて真っ白になった状態になった今、ようやく屈辱にまみれた2016年シーズンを振り返りだした。

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 最高のスタートを切った。シーズン開幕前日の打撃練習中に伊東勤監督から声を掛けられた。「オマエで行くぞ!」。プロ入り初となる開幕スタメンを言い渡された。相手はファイターズ。先発は日本中が注目をする投手・大谷翔平。本拠地が満員に膨れ上がったゲームでヒットこそ出なかったもののリードでチームを勝利に導いた。幸先のよいスタート。心地よい気分に包まれていた。しかし、地獄の日々はそこから徐々に始まった。

 「打撃に関して去年、イメージと違うという思いはずっとあった」

 とにかく打てなかった。捕手ながらの力強い打撃を評価されてプロ入り。1年目は50試合で27安打(2本塁打)。2年目は巨人戦(6月24日)でサヨナラ打を放つなど25安打を放った男が勝負の年として挑んだ3年目に大きく自分の打撃を見失った。もがけばもがくほど、どつぼにはまった。ついに5月31日に1軍登録抹消された。そして、そこから長かった。ファームで必死に汗を流し再度、チャンスを待ったがなかなか声は掛からない。ようやく呼ばれたのは8月24日。約3カ月が過ぎていた。

 「よし、やってやるぞと汚名返上のチャンスに燃えていたのですが…。あれは落ち込みました」

 若者は今度こそとばかりにやる気にみなぎっていた。しかし、現実は残酷だった。結果が出ずに8月27日に登録を抹消された。3カ月出番を待ち、4日で落ちた。自分が情けなくなった。

 「いろいろな人から声を掛けてもらいました。高校、大学のチームメート、先輩や後輩。でも、みんな気を使って、オブラードに包んで連絡をくれるんです。その気持ちがすごく伝わった。ありがたかったし、申し訳なくもあった。オレが活躍をしてみんなを喜ばせないといけないのに逆に気を使わせてしまって…。オレ、なにやっているんだよって」

 チームの先輩選手もメールをくれた。「ここで野球が終わるわけじゃない。だから一からファームでやり直せ」。みんなの気持ちが痛いほど伝わったからこそ、すぐに立ち上がった。試合後には2軍バッテリーコーチとミーティングをしてリードを反省した。自宅に戻ってからも1軍の試合をあえて見た。打撃も一から見つめ直した。

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 「打撃に関してはあれこれ考え過ぎでしたね。グリップの位置がどうだとか。最初の構えがしっくりこないとか。大事なのはボールに当たる少し前から瞬間のバットの入れ方であったりするわけで、その辺を見つめ直しました」

 結局、シーズン無安打のまま一年を終えた。しかし、吉田は前向きに練習に取り組んだ。秋季キャンプ、その後の自主トレ。例年は先輩選手たちと行う自主トレも今回はあえて一人で黙々と行うことを選んだ。昨年の悔しさを胸に野球漬けの日々を送った。

 深く心に残ったメッセージがあった。知人とのメールのやりとり。「昨年は大変な一年でした」とメールをすると、「大丈夫だよ」と返信が来た。「大変は、大きく変わると書く。きっと大きく変われるよ」。言葉とは不思議なものだ。そう聞くと、胸の奥底から希望と勇気が湧いてくるような感覚になった。思わず空を見上げた。冬の空は澄んでいて星空が輝いて見えた。思えば昨年はずっとうつむき加減で空を見上げることがなかったことに気が付いた。「やってやるぞという気持ち。大きく変わる年にします」。屈辱の一年から栄光の一年へ。吉田は大きく変わろうと、懸命に生きている。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)