夢の田舎暮らしに暗雲 いまだ終わらぬ復旧作業 土砂被害の大網白里市・南玉地区【房総豪雨1年】

瀧島さん方の左隣にあった家は1階部分が埋もれ、その後更地になった
瀧島さん方の左隣にあった家は1階部分が埋もれ、その後更地になった
斜面に面した瀧島さん方の外壁は、今も高さ1メートル近くまで生々しい土砂の跡が残っている
斜面に面した瀧島さん方の外壁は、今も高さ1メートル近くまで生々しい土砂の跡が残っている
床下にたまった泥は外から吸い取るだけでは処理できず、業者が手作業でかき出している=10月30日、大網白里市
床下にたまった泥は外から吸い取るだけでは処理できず、業者が手作業でかき出している=10月30日、大網白里市

 房総豪雨で斜面が崩れた大網白里市の南玉地区では、計7軒で家や敷地が土砂に埋もれる被害に遭った。木造平屋建てを別荘にしている瀧島なお子さん(78)方の復旧作業は、10月にようやく本格的に始まった。「夢に描いた田舎暮らしが終わりの見えない後片付けの日々に一変した」とため息をつく瀧島さん。被災を機に、長年住み慣れた地区を離れる人も出てきている。(東金支局・堀井研作)

 現場は千葉市との境に近くJR外房線の線路がある高さ十数メートルの斜面。土砂災害警戒区域外だったが、昨年10月25日の豪雨で地盤が緩んだのか斜面がえぐれるように崩落した。犠牲者は出なかったものの、土砂にのみ込まれ全壊した家もあった。

 瀧島さん方には外壁まで大量の土砂が押し寄せ、隣家の小屋も流されてきた。建物本体に被害はなかったが、床下全体には泥がたまった。浄化槽やエアコンの室外機、浴槽などが故障し、現在も修理できていない。

 被災前は週末に夫の英夫さん(78)と足を運び、週が明けると東京都内に仕事に出る生活をしていた。被災後も片付けのために毎週訪れているが、日帰りを余儀なくされている。

 「修理が遅れている。間もなく2度目の冬がやって来るが、いまだに風呂やエアコンが使えず、トイレもだましだましの状態」と英夫さんは途方に暮れる。近所には被害を受け解体された家もあるが、瀧島さん夫妻は修復して使い続けることを決めた。

 一帯は風光明媚(めいび)な田園地帯。近くには指定文化財の滝など観光名所もある。夫婦とも東京で生まれ育ち、老後の田舎暮らしに憧れ約20年前に家を建て移住。後に都内に戻ることになっても、ずっと別荘として愛用してきた。瀧島さんは「東京から近いのに自然が多く、草刈りや庭いじりをするのが楽しかった」と振り返る。

 床下の泥を除去し、浄化槽を入れ替える工事が、豪雨から1年が経過した10月26日に始まり、復興への道筋が見えてきた。現在は業者が連日数人がかりで床に穴を空け、手作業で泥をかき出している。

 国の査定を待ち同市が一帯の土砂を撤去し終えたのが6月。撤去が最後になった瀧島さん方では各種の見積もりなども遅れ、結果的に床下の作業開始にこぎ着けるのに1年かかった。

 土砂撤去の手順や被災ごみの出し方などを巡り、行政に不信感を持ったこともあった。瀧島さんは「何か尋ねると『ホームページを見ろ』『もっと早く言え』と取り合ってくれず、丁寧な説明が一切なかった」と主張。一方、同市担当者は「南玉には特段に配慮し、行政としてやれることは全てやってきた」と訴え、話はかみ合わない。

 周囲では過疎化の兆しが出ている。被災地一帯は南玉の中でも十数軒ほどの小さな集落。元から空き家もあったが、被災後、さらに瀧島さんの両隣などが家を手放した。先祖伝来の土地から今回やむなく転出を決めたという男性(58)は「家屋に直接被害はなかったが、家族が怖がるので今後の安全を最優先した。土地はできれば売りたい」とつぶやいた。


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