八街事故発生2年前にも児童犠牲 尊い命「私にできることを」 被害者家族の支援も訴え 娘失い講演活動続ける安藤正恵さん(49)=木更津市=

講演で被害者支援の必要性を呼びかける安藤さん=2022年11月26日、千葉市中央区
講演で被害者支援の必要性を呼びかける安藤さん=2022年11月26日、千葉市中央区

 下校中の小学生5人を飲酒運転のトラックが襲った八街の事故から3年がたつ。その2年前、登校中の娘は赤信号を見落とした車に未来を奪われた。被害児童に非のない交通事故。一瞬の出来事の先には被害者家族の悲しみや負担がある。「代わりのない、かけがえのない存在が奪われたと知ってほしい」。木更津市の安藤正恵さん(49)は、世の中が変わることを願い「私にできることを」と、講演活動を続けている。

 2019年4月23日午前7時15分ごろ、木更津市内の県道交差点で、横断歩道を渡っていた2人の小学生女児が赤信号を見落とした軽乗用車にはねられた。現場にブレーキ痕はなかった。その女児の一人が次女の音織(ねおり)さん=当時(8)=だった。

 夫婦共に音楽が好きで「音織」という名前を付けた。「でも絵を描くことが好きでした」と振り返る。自由帳やカレンダーの裏紙にたくさんのキャラクターや似顔絵を描いていた。将来の夢は「マンガ家」だった。

 小学2年生の春休みに行ったサンリオピューロランド。はしゃいでいた姿をよく覚えている。いつもは出かけると「疲れた」と言うこともあったが、あの日は待ち時間も楽しそうだった。

 事故当日、登校前のことは詳しく覚えていない。それぐらい、いつも通りの朝だった。朝食はチョコチップが入ったスティックのメロンパンだったはず。音織さんは、玄関まで迎えに来てくれた友達と学校に向かった。

 見送った30分後、小学校から電話がかかってきた。本来なら学校に着いている時間。「忘れ物だろうか」と安藤さんが電話に出ると、慌てた様子の1年生の頃の担任教諭から、交差点に行くようにと伝えられた。

 事故現場に着くと、娘はすでに救急搬送されていた。交差点の向こうに軽乗用車があった。見つけた娘の水色のランドセルはベルトの付け根に血が付いていた。はっとした。けがは大丈夫だろうか。骨折しているらしい。急いで病院に向かった。この時は命に関わると思っていなかった。

 病院でどれくらい待っただろうか。「命だけは助かってほしいと祈るだけだった」。しかし、案内された先に ・・・

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