千葉県の合成地名 由来で知る地域の変遷 【千葉地理学会連載 おもしろ半島ちばの地理再発見】

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道路標識(八街市内)

 平成の大合併により、千葉県内においても多くの市や町が誕生しました。新しい自治体名には、合併市町村の中で規模が最大の旧市名や、合併市町村が属していた旧郡名なども命名されました。その中では、2006(平成18)年に誕生した横芝光町は、旧町名が「合成」された新町名です。ちなみに匝瑳郡の光町と山武郡の横芝町の合併は、異なる郡であることに加えて、下総と上総という旧国をまたいだ合併としても話題となりました。

 これと同様な合併としては、1954(昭和29)年に大網町・白里町・増穂村が合併した大網白里町(現・大網白里市)や、1897(明治30)年に山辺郡と武射郡が合併した山武郡(現・山武市と山武郡)などがあります。また、1889(明治21)年に13の村が合併したことから「13(とみ)の里」と命名された富里村(現・富里市)は特異なケースかもしれません。

 他にも現存する自治体等の名称としては、1896(明治29)年の郡制施行により長柄郡と上埴生郡が合併した長生郡と長生村や、1955(昭和30)年に土睦村と瑞沢村が合併した睦沢村(現.睦沢町)も合成地名の一例です。

 平成の大合併により現在は単独の町ではなくなりましたが、いずれも昭和の大合併により、天津町と小湊町が合併した天津小湊町(現・鴨川市)や、大須賀村と昭栄村が合併した大栄町(現・成田市)、野田村と栄村が合併した野栄町(現・匝瑳市)などもあります。

 現在の地名には、明治時代の合併により誕生した合成地名がたくさんあります。例えば、JRや京成・新京成の主要駅が立地して、商業施設や教育機関も数多く集まる「津田沼」もその一つです。1889(明治22)年の町村制の施行により合併した5村の内、谷津村・久々田村・鷺沼村から1字ずつをとり津田沼村(現・習志野市)が誕生しました。

 一方、広域にまたがる地名にも合成された事例は数多く存在します。台地や用水名にある「両総」は下総と上総から、千葉県全体を示す「房総」はこれらに安房も加わります。さらには、隣県同士の合成地名も日常生活の多くの場面でみられることでしょう。下総や上総から武蔵の国(東京都)を結ぶ「総武」本線や、下総から常陸(茨城県)へ続く「常総」台地などはよく知られるところです。

 自治体が合併する際に生まれる合併地名については賛否両論ありますが、地名の由来をさかのぼることで分かる、地域が経てきたこれまでの変遷を確認できる良い機会でもあります。

(県立成田国際高校 石毛一郎)