本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「慎み」 「いのちを支えるスープ」

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 正月に、故郷に帰った。野沢菜をひと桶(おけ)持って帰るようにと、母はすでに帰る時の準備をしていた。桶は重かった。持ち帰っても保管に困る大きさだ。母を説得し、小さなポリバケツに移し替えた。

 味噌(みそ)倉と呼んでいる土蔵の暗い一室には、漬物桶がいくつか並んでいる。昔は味噌も作っていたが、味噌桶はもう長いこと出番を失っていた。暮れに電球を替えようとした父が踏み台から落ちたから、「餅(もち)つきも出来なかった」と漬物を出しながら母がぼやいた。その父が作った干し柿が、軒下にオブジェのようにぶら下がっていた。

 「食」とは己の欲ではなく、克己心に支えられたものだと、父母を見ていて思う。自分のためよりも、誰かに食べさせたい、その一心だ。だが、その田舎の食卓も変わりつつある。老いてゆく両親にとっては、手作りの物よりもスーパーの食材の方が便利でありがたいのだ。

 購読していた「母の友」で、料理家の辰巳芳子さんを知ったのは四年前のことだ。そこには食べることは命の手応えを感じること、決して手抜きをするなと書かれていた。だが無精者の私は、すぐに実行に移せなかった。覚えてしまった「楽」を手放すのが惜しかったからだ。

 昨年、テレビで辰巳さんが「いのちのスープ」について話されるのを聞いた。「人生の始めと終わりは、母乳に等しいスープで、飲む人も供する人も支えられる」。力がある言葉だった。「かき混ぜながら、祈るんです。スープ作りは祈りなんです」。病の父上のために作られた「いのちのスープ」。他の食べ物は受け付けなかったが、病人はスープだけは喜んで飲んだと言う。「胃袋に落ちる前に、どこだかわからないけれど体が吸ってしまう」「指の先までしみいるよう」。そんな言葉で表現される食べ物は、まさに作り手の祈りと愛から生まれるのだろう。...

 【メモ】「あなたのために―いのちを支えるスープ」辰巳芳子・文化出版局

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