そよ風に吹かれるように 稲葉セキ詩集「るこう草によせて」

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 この詩集を読んでいると、まるで春のさわやかなそよ風に心を吹かれているような気持ちになる。

 稲葉さんの詩は心の鏡に映ったものを映ったまま言葉にしているように思う。日々は刻々と流れていく。そこに浮かんでいるのが人生だから、さまざまな出来事が車窓の風景のように現れ消えてゆく。それらにふと心の鏡を向ける。遠い思い出、旅の話、友や知人のうわさ話、さまざまな日常の出来事など実に多彩なものが映っている。その映ったものに心が揺れる。その振動で自然に言葉が流れ出す。それを紙にすくうようにして詩にする。すると映ったものは映った通りの姿や思いの大きさ小ささ、深さ浅さ、色彩の違い、香りの違いをそのままの味わいにして作品になる。そんな詩編を感じたのである。

 詩人の中にも他の分野でみられるようなよそ行きの言語表現にこだわる作品が目立っているが、稲葉さんは普段着の詩人である。稲葉さんの詩は「よそ行きの言葉遣い、よそ行きのレトリック」を感じさせない。歌、俳句、小説とは異なって詩にはそれを許容する広さがある。その自由さによる功罪は多々あるようだが、ここではそれを論じない。稲葉さんの詩には普段着の言語表現だからこそ言い得ているものがある。それは例えば「身構えのない本音」である。身構えのない言い方だから、さらりと心に入る。読者は自然にうなずいたり首をかしげたりしてしまう。(野村俊)(東京文芸館、2000円)