心つかむ平成の流し 人生に寄り添う“舞台” ナガシーズ 【届けこの歌 ちばミュージシャン物語】(4)

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“流し”で居酒屋を渡り歩き、客に圧倒的な声量で歌い上げる小山さん(左)と、ギターの若見さん
“流し”で居酒屋を渡り歩き、客に圧倒的な声量で歌い上げる小山さん(左)と、ギターの若見さん

 ギターを手に酒場を渡り歩いては、客の注文に応えて歌う。昭和の時代には流行っていたという「流し」だ。最近はすっかり珍しい存在になったが、“平成の流し”を自認するユニットがいる。船橋市を中心に活動する「ナガシーズ」。流しのスタイルにこだわり、夜の盛り場を盛り上げている。

 「平成の流し、ナガシーズです! 一曲いかがですか」

 薄明かりの中、料理の香りが漂う店内に、ソムリエのような前掛け姿の2人の男が入ってきた。「流し?」。客がきょとんとする中、沢田研二さんの「勝手にしやがれ」。ギタリストの若見篤志さん(37)の切れの良い伴奏に合わせて、小山健さん(42)が色気あふれる伸びやかな歌声と圧倒的な声量で、往年の名曲を歌い上げる。手拍子を始める客。一気に心をつかんだ。

 「次、この曲!」

 昭和歌謡や演歌からJ-POPの最新ヒット曲まで約40曲が並ぶリクエスト表の取り合いが始まった。「北国の春」ではテーブルを超えて合唱。スーツ姿の中年男性が少年のような無邪気な笑顔で歌に聴き入る。

      ◇       ◇ 

 物心ついた頃から、人前で歌うのが好きだった小山さん。19歳の時に地元福岡のカラオケ大会で準優勝し、「テレビでも紹介され、有名人になった」と手応えをつかんだ。歌手になるため、20歳で東京に出てきた。

 だが、現実は厳しかった。“本業”ではオーディションを受けては落ちる日々が続き、30歳の頃には食べていくために就いた“副業”に忙殺された。活動を続けるも一向に芽が出ず、大物プロデューサーを名乗る男に大金をだまし取られたことも。でも「人前で歌った時に『良かったよ』と言われるとやめられなかった」

 そんなある日、オーディションを受けたライブハウスで転機が訪れた。かつて船橋には多くの流しがいて、詰め所があったことを教えられた。「活動を模索していた時で、自分が好きな昭和歌謡に合うと思った」。2012年3月、意気投合した初代ギタリストとナガシーズとして初のステージに立った。36歳の時だった。

      ◇       ◇ 

 これまでに訪れた居酒屋は船橋市内外で100軒を超える。「亡くなった夫がよく歌っていた」という「雪国」をリクエストした女性が演奏に涙を流したこともあった。

 「流しはお客さんとの距離が近く、相手の心に直接届く。酒が入っていて反応もストレート。歌でコミュニケーションできるのが醍醐味(だいごみ)」と話す。

 流し以外の舞台も。公民館で少人数を前に歌声を披露する日もあれば、16年にはプロ野球千葉ロッテマリーンズの試合前セレモニーで、スタジアムの大観衆に念願の国歌を届けた。

 居酒屋1軒の客を満足させて2千~3千円。3~4軒渡り歩いて1万円に達すればいい方。稼ぎのない日だってある。生活のため副業はやめられそうにない。それでも流しはようやく辿り着いた最高のステージ。「お客さん一人一人に歌を届ける喜びはやめられない」

 今日もどこかの居酒屋を流し、客の人生に寄り添う一曲を熱く歌う。

(社会部・金林寛人)

◇ナガシーズ ボーカル小山健さん(42)とギター若見篤志さん(37)のユニット。2012年に結成。船橋市内を中心に夜の酒場やイベントなどで活動する。小山さんは1975年生まれ、福岡県大野城市出身。影響を受けたミュージシャンはCHAGE&ASKA。若見さんは81年生まれ、広島県出身で千葉市育ち。2014年に加入した3代目のギタリストで、ギター教室の講師も務める。