ふるさと旭のために 22歳「風化防ぐ」と使命感 追悼式で思い朗読・大木さん 【3・11大震災ちば7年】

  • LINEで送る

追悼式に参加した後、市民の集いで合唱するトリプルアイプロジェクトの大木代表(左から2人目)ら=11日午後、旭市の防災資料館前広場
追悼式に参加した後、市民の集いで合唱するトリプルアイプロジェクトの大木代表(左から2人目)ら=11日午後、旭市の防災資料館前広場

 「生まれ育った飯岡に何かをしたい。若者が率先してやっていくことが大事だと思います」-。東日本大震災から7年を迎えた11日に旭市で開かれた千葉県・旭市合同追悼式で、震災当時に地元中学校へ通っていたメンバーらで設立した団体「iii(トリプルアイ)プロジェクト」代表の大木沙織さん(22)=大学4年=が思いを朗読した。「風化を防ぐためには自分たち、若者が動くことが重要」と強い使命感をにじませた。

 7年前の“あの日”大木さんは飯岡中の3年生。卒業式を4日後に控え、教室で卒業アルバムを見ながら中学生活の思い出に浸っていると、突然激しい揺れを感じた。海岸から300メートルほどの自宅に帰って家族で銚子市内にある母の実家に避難するために玄関を開けた瞬間、津波は玄関の数センチ下まで押し寄せていた。

 慌ただしく4月を迎え、市立銚子高校に入学。卒業後は地元を離れて、神奈川県内の大学に進んだ。ここで心を痛める出来事があった。新しくできた友達に旭市出身と言っても、被災地として知られていなかった。「知られていない悲しみを初めて経験した」

 大学では岩手県陸前高田市を訪れ、復興ボランティアに何度も参加した。「本当の復興は心の復興だ」-。2年生だった2016年2月、現地の高齢男性がつぶやいた一言が胸に染みた。「地元旭市には今、このことが一番必要では」と思い、ふるさとのために何かしたくなった。

 すぐに行動を起こし、SNSで同級生に呼び掛け。同年5月に団体を設立した。震災の経験を未来につなぐために、防災ハンドブックを作成して市内の小学生に配布。今月4日に開かれた津波避難訓練では体験談を語った。

 きょう12日は飯岡小学校で防災教室を開く。対象の2年生に震災当時の記憶はない。「包み隠さず伝え、どういう行動を取ればいいか、役立つことを具体的に教えたい」と意気込む。

 現在メンバーは18人。大半が同級生で、4月からは社会人になる。自身も東京都内で就職し、これまでのように頻繁に集まることはできないが、活動は何らかの形で続けていくつもりだ。「いつかは旭市に戻ってきて、街を盛り上げていきたい」。その視線は未来を見つめている。