2020夏季千葉県高等学校野球大会 あの瞬間を捉えた写真も多数

“桜桃”供え文豪偲ぶ 船橋 玉川旅館で太宰生誕祭 ゆかりの宿閉館も惜しむ

太宰治の写真に向けて、サクランボを供える参加者=13日、船橋市の玉川旅館
太宰治の写真に向けて、サクランボを供える参加者=13日、船橋市の玉川旅館
太宰ゆかりの夾竹桃と、石碑の前で在りし日を偲ぶ海老原会長(右から2人目)ら=13日、船橋市中央公民館前
太宰ゆかりの夾竹桃と、石碑の前で在りし日を偲ぶ海老原会長(右から2人目)ら=13日、船橋市中央公民館前

 昭和初期に船橋町五日市本宿(現在の船橋市宮本1)に1年3カ月余り住み、執筆活動を行っていた文豪、太宰治(1909~48年)の「生誕祭」が13日、同市内で開かれた。太宰が宿泊したことで知られ、年内に取り壊しとなる割烹(かっぽう)旅館「玉川」にファンらが集い、太宰の足跡を回顧。全国のゆかりの地で行われる太宰の「桜桃忌」にちなみ、サクランボを供えながら在りし日を偲(しの)び、ゆかりの旅館が消えゆくことも惜しんだ。

 市民団体「船橋太宰会」(海老原義憲会長)が主催した。誕生した日であり入水自殺して遺体が見つかった日でもある6月19日に、全国ゆかりの地で「桜桃忌」「生誕祭」が開かれており、同会はひと足先に生誕祭を開いた。

 参加者は玉川旅館のロビーに集まり、宝船に載せた皿に箸を使ってサクランボを供える「船・橋」ならではの作法で、文豪が過ごした空間を共有した。

 海老原会長は「船橋は太宰文学発祥の地。文化薫る街にするためにも、太宰文学を大切にしたい。船橋を描いた太宰の作品は複数あり、広く紹介していく」と強調。玉川旅館が取り壊されることについて「少しでも保存されるよう署名活動なども行いたい」と協力を求めた。

 同会は生誕110年だった昨年、玉川旅館に文学碑を建立。船橋時代の作品「ダス・ゲマイネ」の書き出し『当時、私には一日一日が晩年であった。』を抜き出して刻んだ。

 参加者は玉川旅館に続き“太宰の夾竹桃(きょうちくとう)”のある中央公民館前に移動。雨が降り続く中、太宰が戦後に残した回想記「十五年間」の一部が刻まれた石碑を目にした。

 回想記では「私には千葉船橋町の家が最も愛着が深かった」と記され、石碑にはその後に続く『たのむ! もう一晩この家に寝かせて下さい、玄関の夾竹桃も僕が植えたのだ(中略)と或る人にたのんで手放しで泣いてしまったのを忘れていない』との文章が刻まれている。

 船橋市教育委員会などによると、太宰は1935(昭和10)年7月~翌年10月の1年3カ月余り、船橋・宮本に住み、その間に処女短編集「晩年」を出版した。同市内では2008年に太宰の短編小説「桜桃」にちなんだ「桜桃忌」を開催。その後に「生誕祭」と名称変更しながら、継続して開催している。


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