市文化財守る一歩に 鎌ケ谷・「渋谷家住宅」と旧旅籠「丸屋」 【登録有形文化財に】

渋谷家の門(鎌ケ谷市教委提供)
渋谷家の門(鎌ケ谷市教委提供)
旧旅籠の丸屋
旧旅籠の丸屋

 鎌ケ谷市からは「澁谷家住宅」(同市中佐津間)の3棟と、旧旅籠(はたご)「丸屋」(同市鎌ケ谷)の離れを含めた2棟が登録答申された。いずれも「国土の歴史的景観に寄与している」と評価された。登録されれば市内の建造物として初の登録有形文化財となる。

 「澁谷家住宅」は近世に代々名主を務めた澁谷家の住宅。3棟は主屋、米蔵、門で、幕末維新の志士で、赤報隊の幹部だった澁谷総司の生家として知られる。

 主屋は1826(文政9)年の建築で、寄棟(よせむね)造り茅(かや)ぶき。土蔵造り2階建ての米蔵は48(嘉永元)年の建築で、切妻造り桟瓦(さんがわら)ぶき。門は昭和前期の建築で、一間薬医門(いっけんやくいもん)の立派な門構えが当時の風格を物語っている。

 同市教委文化・スポーツ課は「市内で一番古い建物。主屋の規模、米蔵や門も含めた屋敷構えは地域の旧家にふさわしい姿を残しており貴重」と魅力を語る。

 木下街道の宿場町「鎌ケ谷宿」の旧旅籠「丸屋」は、93(明治26)年の大火後、3~4年かけて再建した木造2階建て、寄棟造り桟瓦ぶき。最盛期には、旅籠屋が7軒あったとされ、旧旅籠だった丸屋の正面入り口の揚戸(あげど)構えや庇(ひさし)が、旅人たちでにぎわった宿場の面影を伝えている。

 離れは主屋の東に建つ木造平屋建て、寄棟造り桟瓦ぶきの建物。98(明治31)年の皇太子(後の大正天皇)行啓の際に滞在したと伝わる。「丸屋」にも、江戸時代に農業技術や農村生活の改善に尽くした農村指導者・大原幽学が休憩したという記録もあるという。

 同課は「市の貴重な建物が今回初めて登録答申に至りうれしい。市の文化財を守っていくための大きな一歩になる」と喜んだ。


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