スペイン船砲弾か 御宿沖、海底調査で発見 研究者、沈没場所特定へ

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海底から引き揚げられたサンフランシスコ号に積まれていたとみられる岩製の砲弾(木村特任講師提供)
昨年、御宿沖で行われた調査の様子(木村特任講師提供)

 御宿沖の海底で発見された岩製砲弾とみられる球体が、同所で江戸時代初期に沈没したスペイン船「サンフランシスコ号」に積まれていた可能性が高いことが、東海大学海洋学部の木村淳特任講師(38)らの調査グループによって分かった。同船の遺物はこれまで未確認だった。木村特任講師は「遺物でほぼ間違いない」と説明し、沈没場所の特定に向け大きな一歩を踏み出した。

 同船は1609年9月、フィリピンからメキシコへ向かう途中の御宿町岩和田沖で嵐に遭い座礁して沈んだ。乗組員373人のうち、317人が地元住民によって救助され、幕府の保護を受けて帰国した。

 調査は昨年10月末から11月上旬にかけて行われた。砲弾は同沖約6キロの水深約40メートルの地点にあり、オーストラリアから参加した研究者が引き揚げた。ほぼ球状で直径約12センチ、重さ約2・8キロの火山岩製。海底には砂岩が多く、形状から人工物と推測される。

 木村特任講師は水中考古学が専門。「サンフランシスコ号」に興味を持ち、10年間、知識と経験を積み上げ、2016年度から海中調査に乗り出した。

 砲弾を同船の遺物とする理由は、1600年にフィリピン・マニラ湾で沈んだスペイン船「サンディエゴ号」を例に挙げた。同船では1992年に調査された際、同じ形の砲弾が多数見つかった。2隻とも太平洋を往復する貿易で使用されており、今回の砲弾に刻印はないものの、「当時の大砲の口径は統一されている。ほぼ間違いない」と結論付けた。

 サンフランシスコ号の遺物が出てきた意義については「貿易上、最も重要だった船。関わった4カ国の歴史に影響を与える」と説いた。4月に再び海に潜るといい、「大砲やいかりといった沈没場所の解明につながる物を見つけたい」と意欲をみせている。