2023年9月1日 12:35 | 有料記事

大々的な報道の中で「木更津全滅」の虚報も(山陽新報)

ようやく実態に近い報道が現れた(電通配信記事を載せた満州日日新聞)
関東大震災からきょう9月1日で100年。当時の新聞各紙の報道は事実上壊滅し、デマや虚報が乱れ飛んだ。特に千葉県では、取材拠点のない南部地域の被害が大きかったことが影響し、虚報に拍車が掛かった。関東大震災で千葉がどう報じられたのか。千葉県出身・在住のジャーナリスト、小池新氏がネット時代の現代にも通ずる問題をリポートする。
◇ ◇
「千葉市も全滅」、「房州に新島出現」、「房州沖は大陥没 北条と館山(いずれも現館山市)死者7万人」……。関東大震災では虚報が新聞紙面に躍った。
東京の新聞の大半の社屋が壊滅。免れた新聞も活字がめちゃくちゃになり、すぐには正規の発行ができなかった。千葉には地元紙の千葉毎日新聞と房総日日新聞があり、被害は少なかったとみられるが、この時期の紙面は現存せず、詳細は不明。被害が大きかったのが、県中心部から離れ、当時取材拠点のない安房地方だったため、被害報道は東京や神奈川などに比べて大幅に遅れた。
確認できる範囲で最も早く報じられたのは2日後、9月3日発行の大阪毎日号外。「松本(長野県)電話」で「八王子駅より甲府運輸事務所長宛て情報によれば」として各地の被害を列挙した中で「千葉市は全焼」とされた。さらに同日発行4日付山陽新報(岡山・山陽新聞の前身の1つ) ・・・
【残り 775文字】





