本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「冬ごもり」 ヤンソン「ムーミン谷の十一月」

  • LINEで送る

 天井に張り付くように吊(つ)るしていた和室の電灯を、目の高さまで引き下げた。書道家の山本萠さんのエッセイにもらったアイデアだ。やってみると、本を読むのに明るいし、掃除も楽になった。傘の下だけが明るくて、天井には薄暗がりが濃い海のように広がった。海はかすかに揺れていて幻想的だ。見ていると、思いが沸々と湧(わ)いてくる。思い出は、暗がりの中に棲(す)んでいるのだろう。洞穴にこもっているみたいな落ち着いた気分がしてくるのも、今が晩秋だからだろうか。

 人も冬ごもりをすればいいのに、とふと思う。

 別れの秋があり、眠り通す冬が来る。やがて春がやって来て再会がある。長い眠りから覚めた後は、すごく人恋しいだろう。最初に出会う人がどんな悪人であれ、抱きしめたくなってしまうかも。恨みや悲しみを忘れるにも、冬ごもりは役に立つのではないかしら。

 北欧生まれのムーミン・トロールも、冬ごもりをする。シリーズになったこのお話の中で、私は「ムーミン谷の十一月」が一番好きだ。実はこの巻には、主人公のムーミン一家は登場しない。彼らは旅に出かけて留守なのだ。だが、読み終わった時、ムーミン一家の存在が一番強く心に残る。そこにいなくても、みんなの「思い」があれば、いるのと同じということだろうか。この本でムーミン一家は、そんな「象徴」のような役目を果たしている。

 秋になって静まったムーミン谷。主(あるじ)のいない家。そこに、ムーミン一家を恋しく思うスナフキン、フィリフヨンカ、ヘムレンさん、ホムサ=トフト、ミムラねえさん、スクルッタおじさんが訪ねてくる。彼らは自分を見失い、孤独に陥っている。ムーミン一家の面影を慕いつつ、彼らはちぐはぐな共同生活を始める。誰もが自分の殻に閉じこもりがちなものだから、ちっともかみ合わない。だが、やがて六人は家族のようなつながりを感じるようになり、自分の役目を思い出す。そして、別れ難い気持ちを断ち切って、それぞれの家に帰っていく。

 スナフキンたちが他人に冷淡なように見えるのは、実ははにかみやなだけ。親しいのに馴(な)れ合わないのは、個をしっかりと守っているからだ。長い冬を過ごさねばならない北欧の人たちは、孤独との付き合い方をもしかしたら誰よりもよく知っているのかもしれない。孤独を避けるのではなく、孤独と向き合うのだ。

 寂しさや侘(わび)しさに対峙(たいじ)し、波打つ心が鎮まった時、侘しいは「わび」に、寂しいは「さび」になる。

 わび・さびは和の世界の十八番(おはこ)だと思っていたのに、この北欧の物語の中に、わびとさびを発見して、私は驚いた。

 ぎりぎりまで寂しさと向き合ってそれをぱっと放した時、人は個を確立する。放つことが出来ないと、寂しいは寂しいまま、侘しいは侘しいまま、物思いに縛られて心が不自由になってしまう。放つとは、そこに飛び込むことでもある。だから人は、わざわざ孤独を求めて旅に出るのだろう。

 「秋になると、旅に出るものとのこるものとにわかれます」 ...

 【メモ】「ムーミン谷の十一月」ヤンソン作・鈴木徹郎訳/講談社

 ・・・

【残り 1363文字】