本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「不穏」 『獣の奏者』

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 うちには、癲癇発作を起こす猫、クロがいる。低気圧が近づくと発作が起きるので、気圧の変化に、いつもハラハラする。クロを飼う前は気にも留めなかったが、低気圧と言うものは、こんなに頻繁にやってくるものなのか。ちょうど東シナ海で低気圧が発生する頃、クロは不穏な気配を毛むくじゃらな耳の奥で敏感にキャッチする。体を丸めてその圧力にじっと耐える。薬を飲ませて備えていても抑えきれず、月に一、二度の割合で発作は起きてしまう。

 唸り声に始まり、ひっくり返って泡を吹き、手足をつっぱらせ、しばらくバタバタのたうち回る。為す術もなく、猫も人間もその三十秒ほどの時間を耐えねばならない。発作が終わると、使ったエネルギーを補充するかのように、クロはがつがつと餌を食べる。私はアルコールと雑巾を手に、唾液と尿まみれの床を掃除する。ソファや布団、冬なら炬燵が現場になる事もあり、そんな時は大わらわだ。

 発作を誘発するのは「音」だ。ガスレンジを点けるパチパチ。ガラスの器にスプーンが当たるカチカチ。プラスチックのカシャカシャ。クロの顔つきを見ながら、これらの生活音を出さないように努める。だが、思わぬ伏兵は他の猫たちだ。ソファでガリガリ爪をとぐ音、ぴちゃぴちゃ水を飲む音……あっと思った時にはもう遅い。動物の耳の感度の良さには、本当に舌を巻く。例えば、犬を呼んだり躾けるのに使う犬笛は、16000Hzから22000Hzの音を出すそうだ。犬の耳はその音を聞き分けるが、人間の耳は20000Hzの音までしか聞き取れない。

 先日読んだ『獣の奏者』の中に、犬笛によく似た「音なし笛」というものが出てきた。物語には「闘蛇」と「王獣」の二種の架空の獣が登場するが、彼らを手なずけるのに、この「音なし笛」が使われる。「音なし笛」の音を聞くと、獣たちが硬直して仮死状態になる設定は、私にはひどく生々しかった。読みながら、癲癇発作のクロの姿が浮かんで辛かった。獣にとって、耳は大事な武器であり、不穏な音は脅威でもあるのだ。

 『獣の奏者』は四部作の壮大な物語。舞台は架空の王国「リョザ神王国」。政権の対立、隣国との争い、戦いの軸となる二対の獣の謎が、絡み合いもつれ合って進行する読み応えのあるファンタジーだ。......

 【メモ】「獣の奏者」上橋菜穂子・講談社

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