本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「渡す」 『肥後の石工』

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 ブリューゲルの描いた『イカロスの墜落の風景』という絵がある。英雄のイカロスが題名になっているにも拘らず、目を凝らさなければ画面のどこにイカロスがいるのかわからない。蝋で固めた羽を付けて天に挑んだ英雄は、ぶざまな格好で海に落ち、足だけ突き出した姿が小さく描かれているだけ。馬に鋤を付けて畑を耕す農夫の姿が絵の中心に大きく配され、その後ろで、羊飼いが羊の群れを追う。そして海岸端には魚を獲る漁師の姿。三者三様に、彼らは自分の仕事に没頭していて、海に墜ちたイカロスの惨事には全く無関心だ。背景には、陽の光に染まった明るい海と空とが描かれている。歴史の流れを変える大きな出来事も、壮大な自然の前では、ほんの点景でしか有り得ない。大事を成し遂げる人がいる一方で、大事が起ころうとも変わらぬ歩みで暮らす市井の人々がいる。

 歴史という大河を支えているのは、英雄だけではなく、日々変わりなく自分の仕事をやり遂げるごく普通の人々だろう。だが、そんな人の上にも、自分の意志とは関係ない、思いもかけない運命が降りかかることがある。何ものかによって生かされている命。どんな過酷な運命にも、そこには深い意味が隠されているのではないか……そんなことを思いながら、『肥後の石工』を読んだ。

 時代は天保。場所は鹿児島。島津二十八代目城主斉興(なりおき)が、十年の歳月をかけて甲突川に五つの橋を架けた。玉江橋、新上橋、西田橋、高麗橋、武之橋。いずれも石造りの美しい眼鏡橋だ。これらの工事を手掛けたのは、肥後の国から呼び集められた腕のいい石工たちだった。どの橋にも、敵が攻めてきた時に城を守る為の仕掛けがあった。中央の一つの石を取り外すと、重力の関係で次々石が崩れ落ち、橋は全壊する。この秘密を守る為、仕事を終えた石工たちは刺客の「徳之島の仁」に密かに殺された。石工頭の岩永三五郎も殺される運命だった。しかし徳之島の仁は、三五郎をどうしても斬ることができず、河原にいた乞食の首を斬って城に持ち帰った。自分の身代わりに父親を殺された乞食の子二人を、三五郎は故郷の村に連れ帰る。

 ひとり生き残ってしまったばかりに、悔恨の日々を生きる三五郎。人斬りの仕事をしながらも、悪人になりきれない徳之島の仁。三五郎に石工の技術を仕込まれ、三五郎を慕う乞食の息子の吉。三五郎を恨み続ける乞食の娘の里。一番弟子でありながら、父親を殺され、三五郎を憎む卯助。それぞれの運命の糸が絡まりあい、登場人物は、二転三転と悲劇の中をさまよう。その後、三五郎、卯助、吉の力が結集した橋が、肥後の国にも完成する。......

 【メモ】「肥後の石工」今西祐行・実業之日本社

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